第55話 隙だらけ


リトの顔にはありありと『手が掛かる』なんて書いてある。

私は咥えていたお肉を両手で大事に持ち、唇を尖らせた。


「りゅーは、ちゃんとちてる!」

「してねえわ。無理なら、ひとつずつ串から外して食え」


だけど、串から外したら串焼きではなくなってしまうではないか。

……とはいえ、こうして外れてしまえば同じことかもしれない。

今度こそ、しっかり両手でお肉を掴み、むちりと噛みちぎった。


手の中でお肉が温かい。見た目に脂っ気はないように思ったけれど、手はべたべたする。

何度も繰り返し、やっとひとつのお肉が手からなくなった頃には、わし、わし、と噛む顎が疲れてきた。

普段リトからもらうお肉より、ずっと硬くて汁気のない食感。そして何より……


「味、ない」

「なくはねえぞ。けど、とりあえずお前は塩振ってねえだろ」


そうか、本当に焼いただけの肉だもの、せめて塩を振らなければ。

まだまだ残っている串を手に取り、塩の瓶に手を伸ばす。蓋は既に開いているので、そのまま串にサッと――


「それ、大惨事になるよな?! なんでできると思った?」


瓶を持つ手をがしりと掴まえ、リトが失礼なことを言う。

逆に、なぜできないと思うのか。


胡乱気な目でやってみろと蓋をつけられ、私はサッサと塩を……おかしい。こんな角度で振りかけては、瓶の中身が全部かかってしまうではないか。


ほら見ろ、と言いたげな視線が突き刺さる。

だけど私だって相当に不満だ。唇をへの字に歪めてキッとリトを見上げた。


「どうちて、こうなるの!」

「知らねえわ! なんで俺が怒られんだよ……」


リトはぶつぶつ言いながら私の串を取り上げ、ナイフでお肉に切り込みを入れた。そして、ぱらぱらと塩を振りかける。

ほらよ、と渡された串は、お肉がびらびらしてなんとも不格好だ。

だけど、私の小さい口に納まるだけ、簡単に噛み切れて顎にも負担が少ない。少し臭みのあるお肉だけれど、今度は塩味が効いておいしくいただける。


私はすっかり機嫌を直して肉を頬張り、時折粥を含む。塩味に馴染んだ舌に、粥の甘みが染みわたって、ほう、と息を吐いた。


さやさやと流れた風がリトの前髪を後ろへ流し、おでこがあらわになっている。銀色の瞳まで淡くペリドットに見えるのは、気のせいだろうか。


ふと、リトの口の端にも肉の焦げがついているのを見て取って、私はこそりと口角を上げた。

私とおんなじだ。

頬にも顎にも、鼻にだってついているだろう私と比べれば、些細かもしれないけれど。


串をようやっと1本食べ終わった頃には、小さな腹がぽっこりと膨らんでいた。

さて、残った串焼きをどうしたものか。

視線を落とすと、風がふわりと私の髪も掻き分けていく。心地よい手ぐしに目を細め、見上げた空の眩しさに瞬いた。

ふいとリトの視線がこちらへ向いて……


「うわ、お前なんつう顔してんだ」

「りゅーだけなない、りとも!」


問答無用でゴシゴシ顔を拭われ、ここぞとばかりに指摘する。

ぐい、と自分の口元を拭ったリトが、べろりと獣のように手と口の周りを舐めた。その仕草が、随分様になっていて感心する。牙さえ生えていそうだ。


「お前と一緒にすんじゃねえよ。それに、俺はこういう顔だからちょっとくらい、いいんだよ。お前はやめとけ」

「どうちて? りゅーは、どんな顔?」

「クールで、何てえの? 涼しげな顔だ。その顔ではダメだろ」


なぜ。それに、クールも涼しげも同じ意味ではないんだろうか。

私は、じっとリトを観察した。リトは、全体的に私より色が濃いし、身体も硬くて大きい。そして髪もわさわさと跳ねて長い。なるほど、ほとんど正反対だ。


「じゃありとは、あちゅい顔?」

「……うるせえわ」


ダメだったらしい。温かい顔、はちょっと違う気がしたのだけど。

リトはどこか拗ねた顔でサッと手を伸ばし、私の手から残りの串焼きを引っこ抜いた。

あ、と思う間もなくほんの二口で全部を口に収め、頬を膨らませて咀嚼する。


「りゅーの、取っただめ!」

「知らねえな、お前が隙だらけだからだ」


べ、と舌を出して小馬鹿にされ、もう全部食べたのかと驚きつつ憤慨した。


「しゅきだらけない! りゅーのお肉取ったら、りとしゅきなない!」

「ぶはっ! そっちの好きじゃねえわ!」


私は怒っているのに、リトは盛大に笑っている。

大きな口を開いて笑う顔は、残念ながら好きだ。

広い広い空と草原に、明るい太陽。笑うリト。いいな、と思った。

私の胸の内に、草原の風が吹き抜けるような。それはとても気持ちのいいものだ。

むっすりと結んだ唇が、我慢できずにによによと上がる。


やっぱり、外は怖いものだった。

そして、やっぱりいい所だと思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る