第54話 野外飯


どこまでも続く草原の中、ピーッと澄んだ音が響き渡る。ちょっとびっくりするほど大きな音だ。

次いで、フスーっと間抜けな音がする。


「前々から思ってたけど、リュウって不器用だよな」


首を傾げて何度もフスーっとやる私に、リトはなんとも言えない視線を送っている。

同じようにやっているはずなのに、私のは指と口周りがよだれでべとべとになるばかり。


「不器用ない。練習不足」


ぐいぐいと顔と指を拭われ、私はムッと見上げた。

お肉の焼き上がりを待つ間、リトは指笛を披露してくれたのだ。誰でもできると言うから、こうして練習しているのだけど。


「お前、大声で人を呼ぶとか無理そうだからな。せめて指笛でもできればと思ったんだが」

「練習、する」

「おう。へこたれねえのは、お前のすげえトコだよ」


いずれできるはずだ。今はまだ、正解の形を掴んでいない、ただそれだけなのだから。

リトは私の頭に手を置いて笑うと、手近にあった草を手に取った。

無造作にちぎって穂の部分を除き、ぱくりと口へ入れたかと思うと――

ピーッ!

細くかん高い音がして目を丸くした。

指笛よりも音は小さいけれど、一体それはどうなっているのか。


リトの持つそれをやってみたくて、夢中で腕を引っ張ると、リトが慌ててもうひとつ草を手に取った。


「待て待て、これは俺が咥えただろうが。よく見てな? こうして……こう。で、空気を通すように吹く」


同じようにしてみせながら私にも草を渡し、やってみろと言う。難しくはない。要は穂を抜いて付け根部分を吹くだけ。

ぶぶっ、と詰まった音がする。鳴らない。

草の中へ空気を通すように……つまりはこの草が笛なのだから、そのように吹かなければ。


もう少しそうっと息を吹き込んだ時。

ピィッ

鳴った……! 思わず喜色満面でリトを見上げると、リトもにっと笑って頭を撫でた。

ペンタまで何事かと顔を出したのが分かる。


「よし、できたな。ひとまず、人に存在を知らせる方法その1だ」


指笛の方がずっと汎用性が高いので練習必須だけれど、草笛だって覚えておいて損はない。

息を吹き込むたびに鳴る音が嬉しくて、嬉しくて。

私はずっと草を咥えて過ごした。リトは、『うるせえ……』とぐったりしていたけれど。



「ほら、そろそろいいだろ。いい加減それ捨てろよ、よだれまみれじゃねえか」


苦笑したリトにそれ、と言われた私の草笛。だけど、これは大事なものだ。どうしようかと悩んだ末、目立つ石の上にそっと置いた。


リトがお肉の様子を確かめ、私の前の地面に2つ、串を突き刺した。

しっかりと火が通ったお肉は少し縮んで引き締まり、褐色の濃淡に色づいている。炙られた表面が黒く焦げ、がさがさとささくれたような荒い肉質が見て取れた。


じいっとつぶさにお肉を観察している間に、ふわりと違った香りが漂ってくる。

顔を上げると、小鍋の蓋が取られて中身を器によそっているところだ。


「いっぱいに、なった」

「そうだろ。あのまま食うより手間かかるけど、腹持ちと気分が違うよな」


大した量ではなかったはずの干し飯が、小鍋にこんもりと盛り上がっている。そういえば、私の口の中にあったはずの干し飯はどこへいったのだろう。

そわそわ見守る中、私の前にも椀が置かれ、ほかりと温かい香りが顔を撫でた。

淡い茶色の穀物がとろりと瑞々しく艶めいて、私の口の端からたらりとよだれが落ちた。

軟飯と粥の間くらいだろうか。粥より水分が少なく。粒の形がかろうじて保たれている。


お腹が空いている。今気づいたけれど、とても空いている。

スプーンがないけれど今にも椀を抱え込もうとする私に、リトが待ったをかけた。


「熱いからな?! よく冷まして食え。いいか、ふうふうして食えよ?!」


そんなこと、分かっている。

何度も頷く私にスプーンを渡し、二人の間に塩だと言って小瓶を置いた。


勢いよくスプーンを突っ込むと、ふーふーと粒を飛び散らせつつ口へ入れる。


「あちゅい!」


飛んで行ったスプーンを、リトが見事にキャッチした。

すごくじっとりした視線を向けられている気がするけれど、私はちゃんとふうふうした。

リトが溜息をついて私の椀を取り上げると、少し水筒から水を足してかき混ぜた。

ふー、ふー、とかき混ぜつつリトの長い息で丹念に冷まされ、渡された椀はもう顔を近づけても熱くない。


はむ、と勇んで口へ入れた粥は、食べなれた粥とは少し違うけれど、やっぱり私の口の中を唾液でいっぱいにする。こくりと飲み込んだ喉は、滑らかに滑り落ちるそれに満足しているみたいだ。

さわわ、と草と髪が一緒に揺れ、美味しい香りを取り除いて土と草の香りに入れ替えた。


「肉の方は……もうそこまで熱くねえだろ。塩を振って食えよ」


リトの串焼きは、ひとつひとつがリトの拳サイズで大きい。それを咥え、右手のナイフで唇のそばを切り落として食べている。とても心配だ、唇を切り落としたりしないのだろうか。

私の分は、とても小さい。きっと、ナイフで切らなくても食べられるだろう。

椀を置いて串を手に取ると、かぷりと食いついた。固い。

いーっと歯を食いしばって思い切り引っ張ると、すぽんと肉が引っこ抜ける。急に軽くなった手を見ると、なんとそこからも串が引っこ抜けていた。


じゃあ、私の串はどこへ行ったのだろうか。お肉を咥えてよだれを滴らせながらきょろきょろすると、低い声が聞こえた。


「おーまーえーは……なんっでそう飯食うのにトラブルを起こすんだよ!」


見上げると、リトの手には大きな串の他に小さな串までちゃんとあったのだった。



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予約投稿……ちょいちょい忘れるので、忘れてたら教えてください…すみません。

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