第53話 野営
「お、おお……?! こんなに採ったのか? これマジで全部薬草なのか??」
「ちゃんと、薬草」
1本たりとも間違ってないと、自信満々にカゴを差し出した。
このカゴ1杯で、どのくらいになるのだろう。宿代くらいにはなるだろうか。
「すげえな、お前採りつくしそうじゃねえか。採取場所考えねえと恨まれるわ」
「採っただめ?」
「いいぞ、薬草はお前が採りつくしてなくなるほどヤワじゃねえから。けど、町の近くだと他のちび冒険者たちの収入源だからなあ……ここみてえに離れた場所で採らねえとな!」
そうか、私のように戦えない冒険者もいるのだ。私にはリトがいるから、譲ってあげなくてはいけない。
こくりと頷くと、リトが笑って頭を撫でた。
「よし。じゃあ、飯にするか! 野営にも慣れねえとな」
「やえー? ……きゃんぷ?!」
ぱっと目を輝かせた私に、リトは不思議そうな顔をする。
「野営だぞ? 何も面白いことはねえよ。けど、嫌でもしなきゃいけねえからな」
嫌なんだろうか? キャンプというのは、娯楽の一種じゃなかったろうか。いや、それは私の世界の話でしかなかったかもしれない。
少し森から離れ、やや小高くなった場所に陣取ると、リトは剣を一振りして周辺の草を払った。今、剣には鞘がついていたと思うのだけど、どうして草はなくなったのだろうか。
そういう仕様なのだろうかと、私も草を相手に木剣を振り回してみる。
がさり、がさり、なぎ倒される様はなかなか面白いけれど、草はいつまでたってもそこにある。
「危ねえから剣はしまってろ。火ぃ使うぞ」
ぶん、と勢いよく振り回したはずの切っ先が、軽くつままれてむくれた。私は、剣を使うのがどうも上手くないらしい。
大人しく指定された場所にちょこりと座ると、リトが収納袋から何かを取り出した。
四角い箱のようなものを2つ、しっかり地面に据えると、片方には小鍋が乗せられる。もしやこれは、コンロだろうか。
「たきぎ、しない?」
「たきぎじゃねえだろ、たき火な。長時間の野営じゃなきゃ、面倒だからな。魔道具使った方が早いだろ」
それはそうなのだけど。キャンプはたき火あってこそだと期待していたので、少しがっかりだ。
小鍋には水筒から水が注がれ、箱の飾りに手を触れると、ボッと火が付いた。イメージしていたガスコンロより、普通の火だ。規則正しい円形になっているわけでもなく、青くもなく、ただゆらゆら揺らめく火が出現している。
「じゃあ、俺は解体してくるから――しまった、こいつ置いていけねえ」
次いで立ち上がったリトが、がりがりと頭を掻いた。
置いていかれては困ったことになるだろう。なんせ、針なしの餌だから。
「しょうがねえな……お前、平気そうだったし一緒に解体するか。無理なら目ぇつむってろ。飯が食えなくなるぞ」
「りゅー、らいじょうぶ」
むしろ、私に解体を見せないつもりだったのか。書籍には解剖図があまり掲載されていないのだ。めったとない機会だというのに。
いそいそとついていくと、リトは少し離れた大きな岩へ獲物を置いた。
いつの間に獲物をとっていたんだろう。
その獲物はグラビーというらしい。何に似ているわけでもないけれど、敢えて言うなら……2足で跳ねる兎だろうか。あまり愛らしい顔ではないし、額に角が1本あるけれど。
「……切るぞ。目つむってろ」
なぜ。私はむしろ何も見逃すまいと目を皿のようにした。
正中を大胆に上から下まで切開し、頭と皮を除く。途端に、お店に並んでいるお肉の雰囲気になった。
そこから内臓を除いて洗えば、あとは切り分けるだけらしい。
リトがさっさとやってしまうので、肝心の体のつくりがはっきりしない。かろうじて、私の世界での哺乳類とそう変わらないであろうことは分かった。
私の内臓も、きっと私が知っている範囲で理解できるのではないだろうか。
「全然平気じゃねえか。どうなってんだお前」
「どうもない。かんさちゅしたいから」
せめて内臓を手に取って……と思ったのに、リトに汚いからダメだと言われてしまった。
汚いはずはないだろう、今まで体内にあったのだから、取り出すまでほぼ無菌のはずだ。私の方がよほど汚い。
「とりあえず、焼いて食うぞ。あとは保存食だな」
切り分けた獲物を無造作に串に刺し、コンロにかざすように並べると、リトは小さな袋を取り出した。
ザラザラ、と器に入れられたのは、穀物だろうか。
「一応、このままでも食えるっちゃ食えるけどな」
「……食れべない」
口に突っ込まれたそれを咀嚼しようと試みたものの、硬い。生じゃないのだろうか。
眉間にしわを寄せていると、リトがひとつまみ口に入れ、バリバリ噛んでみせた。むしろ歯が折れないか心配になる。
「ま、硬けりゃしばらく口ん中入れてろ、そのうち食える」
どうやら、
「垂れてんぞ」
ぐい、と指で口元を拭われ、慌てて口の中いっぱいになった唾液を飲み下す。だって、しゃぶっていると唾液がどんどん溢れてくるから仕方ない。
小鍋の蓋が、コトコト音をたてて踊っている。
リトが様子を見ながら串の向きを変え、赤みがかった部分がどんどん褐色へ変わっていく。
じうじう音が鳴って、リトが触った拍子に白い煙が上がった。
お世辞にも瑞々しい照りなど見当たらないけれど、その光景は私の小さな胸を躍らせるには十分だった。
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