第51話 魔道具

見渡す限り、私が一番大きい。

私は、草原の主にでもなった心地で目を細めた。

背負子しょいこはいらないと思ったけれど、必要かもしれない。だって、こんなに楽しい。


風が、時折草を撫でているのが見える。

ところどころ突き出した背の高い植物も、何か意味ありげに草地が禿げている場所も。

逆にこんもりと丸く草が密集している場所も。

何ということだろう。草ばかりなのに、行きたい場所がこんなにある。


「りと、りと、あっち!」

「下ろさねえっつったよな? 行かねえよ」


足を結わえられているので、飛び降りることもできない。

だんだん上がるスピードに、口を開くのも難しくなってぎゅっとリトの頭に掴まった。

激しく揺れる頭に、ペンタが抗議の声を上げている。


リトが走ると速いものだ。遠くに見えていた濃い緑が、みるみる近づいてくる。

ふいに、リトの肩が動いてぐらりと私の体勢が崩れた。

危なげなく大きな手に支えられ、弾む体を立て直しながらリトをのぞき込む。


「なに? りと、今なに?」

「魔物を切ったんだよ。道から離れたからな、ちっせえのは出てくるぞ」

「見たい! まもも、見たい!」

「後でな! 見て面白いものじゃねえけど」


今、今出て来たのを見たいのに!

今度は見逃すまいと、目を皿のようにして周囲を眺めるけれど、周囲は変わらずただの草原だ。

それからも1、2度何かを蹴ったり払ったりした仕草があったものの、肝心の『何か』は見えずじまい。

木々がうっそうとした森の近くまで来て、やっと下ろされて不貞腐れる。


「……まもも、見たかった」

「そんなことでふくれっ面すんな。これから嫌でも見るっつうの」


苦笑したリトが、腰の袋から何か取り出して私の手に乗せた。

ペンダントだろうか、ごくシンプルに透明度の高い石が一粒、その台座には細かく文様が刻まれている。


「取っておいて良かったわ。これ、シールドの魔道具だから絶対に外すなよ? 風呂でもどこでも、一切外すな。見ただけじゃ分かんねえと思うが、割といいやつだから、人にも見せんな」


そう言って、しばしじっとペンダントトップを握りこんだ。


「……よし、稼働したな。魔力補充型だから、寝る前にチェックだな」

「きえい。これ、まどうぐ?」


リトが両手で影をつくると、ペンダントの中心がほのかに光を帯びているのが分かる。これが、スイッチONの印だろう。


「そうだ。自動感知型だから、着けてりゃそれでいい。一定以上の強い衝撃を……3回くらいは弾くからな」


曖昧。回数は割と大事じゃないだろうか。

魔力が電気だとすれば、きっと電池残量によるのだろうけども。

そして、衝撃の程度で発動とは、一体どういう仕組みなのだろう。エアバッグのようなものだろうか。

ほらよ、とかけてくれたペンダントは、いくら眺めてみても、何の機構もないように見える。


「くちばし出てんぞ」


真剣に見つめていたのに、可笑しそうに唇をつままれた。

憤慨する私に構わず、リトは首元を引っ張ってペンダントを中に落とし込み、ぽんと叩いた。


「こうやって見えないようにしておけ。言っとくが万能じゃねえからな? 何でも弾けるわけじゃねえし、魔力切れで使えなくなるからな」


道具なのだから、それはそうだろう。それよりも、発動条件の設定が気になって仕方ない。

たとえば発動しないぎりぎりの衝撃を何度も連続で食らえば、割と人は死ぬと思うのだけど、どうなんだろうか。

たとえば何らかの原因で弱っていれば、些細な衝撃でも致命傷だと思うのだけど、どうなんだろうか。

矢継ぎ早の質問に、リトは大層めんどくさそうな顔をしたのだった。




結局、リトも職人ではないから、と詳細は分からないようだ。ただ、この魔道具は身に着けた持ち主の状態も、ある程度把握しているらしい。魔道具が『持ち主の生命維持に関わる衝撃』と判断したものを弾くという。

それはまるで、AIのようではないか。

科学的なものがほとんど見当たらないと思っていたけれど、存外この世界の方が、人工知能が発達しているのかもしれない。


「――ほら、これが薬草だ。一番基本的なやつな」


まだ魔道具について考えていた私の目の前に、1本の植物が突き出された。

線状の細長い草に紛れるような、草丈の低い華奢な植物。葉先のとがった広線形の葉は、かすかに繊毛状の毛が覆っていて、セージに似ているだろうか。

差し出された草を手に取り、嗅いで、噛んで。視覚・触覚・聴覚・味覚・嗅覚。すべてを使って丹念に記憶する。

そして……知識の中にある薬草と合致させる。


私の中に完成された、図鑑の1ページ。

これがあれば、私は確実に薬草を見分けられる。きっと、どんな職人にも負けないくらい正確に。

さあ、物は試しだ。

私はきりりと表情を引き締め、リトを見上げた。


「りゅーは、ちゅーちゅー集中して薬草採る!」

「は? ちゅーちゅー?」

「ちやう! ちゅう、ちゅー!!」


腹を抱えているリトにむくれ、私はさっさと屈みこんで薬草探しに精を出したのだった。





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