第50話 初めての遭遇

なんだろう、あれは。

草間に見え隠れする、見たことのないもの。

ぐっとしゃがみこむと、首を傾げてそれを見つめた。

こうして地面にほど近く屈みこむと、広がった葉が少ないために、案外身動きが取りやすいようだ。

這うように草間を抜けて近づくと、不思議な物体がわずかに揺れた気がする。


それはハンドボールほどの大きさで、空気が抜けたように重力に伴って半球状にへたっている。向こう側がうっすら見える程度の緑がかった半透明をしており、瑞々しい。

多肉植物の一種だろうか。データを探ってみて、藻類に近いという結論に至る。

大きさが圧倒的に違うけれど、ボルボックスやオオバロニアのようだ。


つまりは、単細胞生物なのだろうか。

根が生えていなければそうかもしれない、とぐいと転がすと、案外重くて思ったよりもずっと柔らかかった。

水袋みたいな感触は、とても植物とは思えず、目を丸くする。


もっとよく見たくて、両手で抱えて引き寄せ、引きずるように膝の上へ乗せた。少しひんやりとして、葛餅みたいだ。

しげしげ眺めていると、炎天下の雪だるまよろしく徐々に扁平になり……


「つゅぶれた……」


ついにぐにゃりと形が崩れてしまった。

まるでとろみのある水が零れたみたいだけれど、濡れた感触はしない。

掴みどころがなくなってしまい、どうしたものかと思っていると、それはじわじわ動いている気がする。

もしや、軟体生物の一種だったのだろうか。なら、また丸くなるかもしれない。


じっと観察していると、突如派手に草を鳴らして何かが飛び込んできた。

同時に思い切り体が引き上げられ、危うく舌を噛みそうになる。


「ぬああーっ?! 食われるまで大人しく待ってるやつがあるか!!」


ぶん、と振られた拍子に、くっついていた粘体がぼとりと落ちる。

急に振り回され目を回していると、思い切り頬を引っ張られた。


「びっっっくりするわ!! 急にいなくなるな! 返事をしろ!! 食われるな!!」


矢継ぎ早に言われて、私は目を白黒させるしかない。

急にいなくなったつもりはないけれど、確かに屈みこんでしまえば、私は見えなくなるだろうな。返事は……興味深い物体に集中していたので、呼ばれたことに全く気付かなかった。


「りと、あれ、何?」

「スライムだ、馬鹿! あんなでも魔物だぞ。スライムに食われたヤツなんざ、聞いたことねえけどな! 大した魔物はいねえと思ってたが、まさか、スライムさえ脅威とは思わなかったわ……」


あれが、スライムなのか。

スライムという魔物は知っていたけれど、もっと能動的な生き物だと思っていた。これなら、私にとっては草の方がよほど脅威だった。


私はそのまま目的の木陰まで連れていかれ、現在全身を検分されている。

ぬいぐるみのように持ち上げられ、裏表じっくり眺めたのち、やっと異常なしと納得したらしい。

大きなため息とともに、向かい合う形でリトのあぐらの中に下ろされた。


「スライムはな、乾燥地じゃなければ大体そのへんにいる魔物の一種だ。攻撃はしてこねえけど、あんな風にじっと膝に乗せてりゃ、そりゃあ餌だと思って食うわ!」


そうなのか。危うく私を餌として食べさせるところだった。

どうやって食べるのか興味はあるけれど、多分痛いのだろう。


「まもも、もっとおーきいと思った」

「町に近い場所に出る魔物は、そんなに大きくねえよ。でけえのより、まず身近な魔物を知らねえとな。でかいと一発の被害が目立つけどよ、身近な魔物の被害の方が多いんだからな」


なるほど。身近な魔物は基本情報として皆知っているので、書籍も多くないのかもしれない。なんせこの世界、本は貴重なもののひとつだから。

それでハッと思い出し、周囲を見回した。


「りと、りゅーは薬草とる!」

「薬草なら、まあ……。けどこの辺りにはあんまりないだろうな。なんでだよ?」

「りゅーは、お金ないから」


言った途端、リトが吹き出した。


「小遣い欲しいのか? 欲しいものがあれば、言えばいいじゃねえか」

「ちやう! りとのお金ななくて、りゅーのお金!」


リトは、割とお金持ちなのだろうと思う。記録館に行くにも、何かを買うにも、あまり躊躇わない。

宿だって、町を歩くとたくさんあったけれど、リトの泊まっている宿は綺麗だ。

でも、だからと言っていつまでも養ってもらうのはいただけない。


「薬草は採れないと冒険者って言えねえし、やってみるか? 腹も減って来たし、食い物も探さねえとな!」


なんと、それは味覚狩りだろうか。

食べられるものが、そんなに方々にあるのか。

目を輝かせて見回したけれど、周囲は草ばかり。

リトは両腕を真上に伸ばして私を持ち上げると、方向を固定した。

高い……!!

私の体が、空の中にある。窮屈だった世界が、一気に遠くの遠くまで広がった。


「あっちに森があるだろ? あそこまで行くぞ。下ろさねえからな? しっかり掴まってろ」


そう言って思案した後、リトは私を肩車して両足を紐で結わえた。


「髪を掴むな、目を塞ぐな。……旅に出る前に、あのオヤジに背負子しょいこでも作ってもらうか」


なぜ。歩けるのだけど。

私はリトの呟きに、ムッと頬を膨らませたのだった。



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*50話到達!皆様ありがとうございます!

以降もなるべく頑張りますが、いずれ更新はアルファポリスさん先行で隔日~2日おきくらいになるかと思います!


*同じく幼児の活躍する「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」もよろしくお願いします!





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