第49話 お外探索

乾いた風が、少し肌寒い。町中より外の方が気温が低い気がするのは、広々と拓けているからだろうか。

リトは門を出て、分岐するうちの一番狭い道を歩いている。

道と言っても舗装はされておらず、周囲には草地が広がっていた。牧歌的、と言うには少々ワイルドな雰囲気だ。


「りゅー、歩く」

「待て待て、こんなとこでウロチョロしてたらかれるわ。もう少し行ったら下ろしてやるから」


手足をばたつかせたけれど、そう言う間にもガラガラと小型の馬車が通り過ぎて行く。

この町にやはり自動車はなかったけれど、ああした馬車はある。人は道の端を歩き、馬や馬車が真ん中を走っていくらしい。


確かにあんな大きな馬が前にいれば、御者は私など視界に入らないのではないか。

だって遠目に見るよりも、馬という生き物は大きい。これなら、魔物と戦えるのではないかと思う。


「りとは、馬乗なない?」

「今日は乗らねえよ、遠くへ行くときだけだぞ」

「旅は、乗る?」

「いや、主に馬車と歩きだな」


そうなのか……。

リズミカルにタテガミを揺らして通り過ぎていく馬。その大きな尻で、長い毛束が揺れている。

これがしっぽだとは、不思議だ。毛束にしか見えないのに、器用に動いている。

これは、何かに似ているような――そうか。


「りと、みて。りとに、似てる」

「は?! 俺が? 馬に?!」


馬の尻を指さして見上げると、大仰に動いた頭に伴って、リトの髪もふさりと揺れた。

ほら、そっくりだ。リトの方がふっさりしているけれど、黒っぽい色味も似ている。

こくりと頷くと、リトは『嘘だろ……』と見るからに萎れて肩を落としてしまった。


似ていてはダメだったのだろうか。

そういえばあの、尻や四肢が動くたびに盛り上がる感じ、あれもリトに似ている。しっぽ以外もちゃんと似ているのだと、そう言ってあげればよかったのかもしれない。


少し反省したところで、リトが道を外れて草地を歩き始めた。

ここも、歩いていいのか。生い茂った草で、リトの膝から下は見えなくなっている。

草地には多様な草花が生えていると思っていたけれど、ここは同種の植物が大部分を占めているようだ。細長い葉をもつそれは、イネ科の植物だろうか。


リトの長い脚が進むに伴い、細長い葉はしゃらしゃらと涼やかな音をたてている。

ぜひ私も、音を鳴らしてみたい。


「下りる!」


私は今度こそ、と足を引き抜いて思い切り身を投げ出し、脱出をはかった。


「危ねえわ、馬鹿!」


だけど地面に頭から到着するより早く、がしりと掴まえられてしまった。そのままくるりと上下を返され、ちゃんと足から着地する。

さわさわさわ、と短い脚が草の中に埋もれていき、ストンとたどり着いた地面は随分固くて憤慨する。あんなに草がふわふわして見えたのに、固いではないか。頭から落ちたら、さぞ痛かったろう。


気を取り直して周囲を見回し、今度は視界の悪さに辟易した。

草丈がリトの膝くらいということは、私の胸あたりに達するということ。

邪魔になる手前の草を押さえてみても、その奥にも、さらに奥にも、ずっとずっと草がある。


これでは、私は簡単に迷子になってしまう。何なら道の脇で遭難できるだろう。

ひとまず、リトは大きいのでどこに行ったって、目印になる。傍らを見上げて確認し、私は念願かなって両手を広げてわさわさと草を鳴らし、眉をしかめた。


「草、かたい」


私の柔らかい手にひりひり、ちくちくする。リトは何気なく払っていたのに。

もう触りたくないと両腕を胸元に縮こめたのを見て、リトが思い出したように何か取り出した。


「これ、あった方がいいな。お前の手じゃあ、切れるかもしれねえから。ほら、手ぇ開け。指をピンとしてな」


あっちを引っ張り、こっちを引っ張り、つけてもらったのは、以前買っておいた皮手袋。ちまちました指が一本一本別に包まれて、握るとぎゅむうと音がする。手袋からは、あのお店の匂いがした。


「……いちゃくない」


試しに草むらに手を突っ込み、その防御力の高さに目を輝かせた。ぐっと草を握ったって、引っ張ったって痛くない。

素晴らしい。私は草に対して無敵になった。


「急に暴れんなっつうの。どうだ、歩けるか? あの木がある場所まで行くぞ」


喜び勇んで両手を振り回していた私に苦笑して、リトが再び歩き始める。

歩けるに決まっている、と思ったけれど、事はそう簡単ではなかった。

まず両手で草をかき分け、しゃがみこんで右の地面へ押し倒し、左の地面へ押し倒し、拓けたスペースへ体を入れる。それを繰り返して――


「日が暮れるわ!!」


ぺんぺん、と起き上がってこないよう草を押さえていたところで、戻って来たリトにつまみあげられてしまった。


「だめ! りゅーは歩く!」

「歩けてねえだろが! あーもう分かった、なら俺の後ろを歩け」


リトは自分の背中へくっつけるように私を下ろし、両手をリトの腰に掴まらせた。

こうしてみると、私はリトの尻に頭が届くか届かないかくらいなのだな。


「おい~、ケツが出るわ。ズボンを下げようとすんな、こっちのホルスターベルトを掴めよ」

「ちてない。べゆと、下げて」

「無茶言うな」


だって、ベルトの位置だと高すぎるのだ。だけど、こうしてリトの真後ろにいると、草が邪魔にならなくて大変歩きやすい。

大きい体は便利なものだ。


余裕の出た私は、じっくりと周囲を見回しながら歩く。

どれも同じ草だと思ったけれど、鋭く細い葉に隠れるように、色々な草が生えているようだ。時折覗く緑でない色は、花だろうか。

ふと、妙なものを見つけて立ち止まり、リトの腰から手が離れた。



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