第43話 名前
すっかり食べ終え、皿まで舐めて怒られた私は、再び名前について考え始めた。
ぐっと眉根を寄せて、データを探る。
だけど感覚は遮断しない。あからさまな『魔法』になってしまわないように。
リトが言うには、他人が魔力を使ったことを知覚できる人がいるのだそう。
ただ意識的に知覚するのは『魔法使い』なら珍しくないものの、無意識に知覚する人はかなり珍しいのだとか。だから、町中ではそれほど気にすることはないと言ってもらった。
「また考えてんのか。どんな名前がいいと思うんだ?」
呆れたように問われて、私は今熟考していることを全部声に出してみる。
「りゅーのとこは、らちぇん語を学名にちゅかうから、らちぇん語の由来をもちゅままえをりちゅとアップちて、しょの組み合わしぇで新たなままえを構築ちようと――」
「……なんかわかんねえけど、無茶苦茶こだわってんだなっつうのは分かった」
私も、リトが全然こだわってないのだということは分かった。
だけど、今すぐに答えは出せそうにない。
ひとまず、名前は頭の片隅に置いておこう。今は腹も膨れたし、データの収集に向かうべきだとリトを引っ張ったのだった。
「りと、ままえ、ちゅけた」
私はきりりと顔を引き締めて、リトを見下ろした。
「あー……なんだっけか? んー、ままえ……?」
リトは低い声で唸って、うっすら片目だけ開ける。
朝の柔らかな光の中で、リトの瞳は朝露のように綺麗だ。
もっと、しっかり目を開けてほしい。
こういう時は、そう、これだ。
私は、ちゅむ、とリトのおでこに唇を押し当て、首を傾げて見つめた。
ふふ、とリトが笑った気がする。
「おはようの、きちゅ」
「んんー? したか? 俺は大人だからそのくらいでは起きねえの」
おはようのキスをしたら、起きなければいけないはずなのに。
リトは、そんなことを言ってごろりと向こうへ寝返りを打ってしまった。
そうか、大人は子どもよりたくさん必要なのか。それも道理だ。
納得した私は、よじよじとリトの体を乗り越え、邪魔になる髪をせっせとよそへやった。
もう一度おでこに、そして鼻に、頬に。
「ふ、ふっ! 分かった、起きるから。ヨダレが……」
あとどこにしようかと考えるうち、たっぷり笑みを含んだ声と共に、リトが目を開けた。
銀の双眸が、柔らかい光で、温かい光で、私を包む。
すごいことだ。リトが目を開けるだけで、私は嬉しい。
「りと、おはよう」
「おう、まさかお前に起こされるとはな。おはよう、けどお早うすぎるっつうの!」
そう言って、私のおでこに唇を当てた。顎のちくちくが、私の鼻に当たって痛い。
「おはようのきちゅは、りゅーがした」
「そうだったな。お前のは、キスなんだか顔面スタンプなんだかわかんねえな」
なぜ。リトのと何も違わないだろう。
そう言い募ろうとしたけれど、そんなことに構っている場合ではなかった。
「りと、ままえちゅけた」
「あー、それで俺は起こされたのか」
くわあ、と顎が落ちそうなあくびをして、リトは伸びをしながら続きを促した。
まずは、なぜその名づけに至ったのか説明が必要だろう。
「まじゅ、りゅーは星にちゅいてのままえにちたいので、
「ほう……へえ……」
リト、ちゃんと聞いているだろうか。発音の拙さが厄介だ。
そもそもリトは私の世界のことを知らないのだから、難しいかもしれない。
五芒星、そして5つ星、その特徴を十分に反映させて、ギリシャ語のペンタグラムを。
そして、ラテン語で星、という意味のステラを。
私の世界には、この名前をもつ花がある。小さく可愛いけれど、強く丈夫な花。
花言葉は、「小さな強さ」。
これは、この強かな生き物にピッタリではないかと思ったのだ。
「しょれで、りゅーはこのふたちゅを組み合わしぇて――ペンタステラ、とちゅけました」
言えた……! ここだけはしっかり発音しなければ、名前が違ってしまうから。
相当気合の入った発音だったけれど、満足だ。
リトも、眠そうだった目をぱちっと開いておお、と感動の面持ちをしている。
私はしっかり頷いて、続けた。
「そえで、愛称は、ぺんた!!」
「…………」
途端に、リトの目の輝きが減った。
「なんでそうなんだよ……」
だって、呼びにくいではないか。ペンタステラはあくまで正式な姓名のようなもの。通称はぺんたで良いと思う。
「……なんつうか、あんだけ色々含んだ由来ある名前が、急にちび丸レベルに……」
リトがぶつぶつ呟いて額を押さえている。
さっきの感動は、もう消えてしまったのだろうか。
まあいい。だって、ぺんたはもうこの名前で納得しているのだから。
「ぺんた!」
「ピィ」
私の頭で返事がする。朝から名前を伝えておいたから、ちゃんと理解しているのだ。
私は、くすぐったく持ち上がる口元をおさえて、今朝から何度目かになる喜びの舞いに勤しんだのだった。
-----------------------------
◇ファンタジー小説大賞の投票は本日9/30まで!
昨日投稿忘れてたので今日は2回更新しますね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます