第42話 ただ一人のための魔法
「何にせよ、その魔法は危険度超一級だな……絶対に、他のヤツに言うなよ」
「りゅーは、本読んだだめ?」
恐らく、リトが言っている『私の魔法』は、本を読んでデータを取り込んでいることを言っているのだろう。
「読むのはまあ、大丈夫じゃねえかな……できれば人前でやらねえほうがいいけど誤魔化せるだろ。けど、その異常な記憶は人前で披露したらダメだ。魔法かどうかなんて関係ナシに、価値がありすぎる。悪用されかねん」
なるほど。リトの役に立つことばかり考えていたけれど、確かに犯罪にも有用な能力だ。
私はしっかり頷いてリトを見上げた。
「らいじょうぶ。りゅーは、りとにしかちゅかわない。りとのために、ちゅかう」
「……ばぁーか。俺じゃねえよ、お前のために使え。ただし、慎重にな」
一瞬目を見開いたリトが、そう言ってくしゃっと私の頭を撫でる。
そして――はにかむように笑った。
「けど、まあ……ありがとよ」
今度は、私が目を見開いた。とくり、と心が鳴る音がする。
私は何もしていないのに。なぜだろう、その笑顔は私の胸をふつふつと温め、誇らしい気持ちでいっぱいにしたのだった。
――耳元で、甲高い音がする。
とてもやかましい。そして、ビシビシ髪を引っ張られて痛い。
深く深く集中していたのに、無理やり意識を吊り上げられている気分だ。
決して、寝ていたのではない。
完全集中モードで感覚を遮断し、データを取り込むことに全てのリソースを割いていたのに。
「いちゃい。りと、取って」
「おー、戻って来た。取らねえよ、いいじゃねえかその相棒。お前そのままだと本読みながら餓死するんじゃねえ? そいつがいる方がいいな」
そう言う間にも、ピィピィとか細い声が耳に吹き込まれている。
幻獣は知能が高いと書いてあったけれど、まさに。だって、これは明らかに私をせっついている行動だ。
そうでなければ、こうして思い切り耳にしがみついて鳴きはしないだろう。
こんな小さな声でも、ヘッドフォンよろしく聞けばうるさくて仕方ない。
「腹減ってんだろうよ。お前も減ったろ? 食いに行くぞ」
お腹は空いているけれど、データの取り込みを……いや、やはり食事が先だ。
食事と聞いてしまえばやはり、そちらに意識が行く。
不承不承頷いて本を置くと、やかましかったジェムスカラベの鳴き声がぴたりと止んだ。
「そいつに、名前つけてやったらどうだ?」
「ままえ? りゅーが?」
私は、両手を差し伸べながらきょとんと瞬いた。
「そりゃ、お前が主人なら、お前が付けなきゃなあ」
両脇に差し込まれた手がいとも簡単に私を持ち上げ、いつものようにリトの左腕に尻を落ち着ける。
とすんと分厚い胸板に頭がぶつかって、窮屈な右腕を引っこ抜こうとするより先に、軽くゆすり上げられた。
「りゅーが、しゅ、っじんに?」
体が浮いた拍子に声も浮く。髪がふわっと広がり、着地した時にはすべてがちょうどよく収まっている。見事なものだ。
「だってそいつ、もうお前から離れようとしねえだろ。わざわざお前に食事をねだるくらいだし」
私は、自分の瞳がきらきらと輝いているのが分かった。
つまり、私が主人になってずっと一緒にいてもいい、そういうことだ。
そっと髪に手をやると、定位置に戻ってテントウムシになっている感触がする。
ピィ、と微かに聞こえた気がした。
「りゅー、ままえつける!」
「おう、いいの考えてやれ」
のし、のしと歩くリトに揺られながら、私は周囲の景色も見えないほどに真剣に考え始めたのだった。
「――考えてやれとは言ったけどな、そんな悩む必要もねえんだぞ。ちび丸とかでいいじゃねえか」
手ぇ止まってる、と苦笑され、ハッとして咀嚼を再開した。
口も止まってたか、なんて笑われながら、柔らかい肉団子を頬張る。
だって、一生使う名前だ。
私の名前など、ものすごい人数で考えた末の『竜―リュウ―』なのだ。それを、私一人で背負うなど、重圧に食事の手が止まるのも致し方ない。
ひとまず、ちび丸は嫌だ。
ちらり、とテーブルに置かれた小箱に目をやって、微かに響く咀嚼音に耳を澄ませる。
レッドジェムのアクセサリーをわざわざ盗る人間はあまりいないけれど、ジェムスカラベとなれば別らしい。相当レアな幻獣なので、むしろ存在を知られておらず狙われにくいという点はあるものの、バレれば大変だ。
そのためこうして、小箱の中で食事という羽目になっている。きっと本人(?)は人目を気にせず快適だ、くらいに思っているのだろうが。
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