第41話 価値


「魔法、なに。りゅーは魔法ない」

「どういうことだ? お前、今魔法使っていたろ?」

「いちゅ?」


首を傾げると、リトも不思議そうな顔をする。

私は、この世界で魔法というエネルギーが主として使われていることは、知っている。

人が魔法を使う、という表現も書籍によく出てくる。

魔道具もあるけれど、その場合は『魔道具を使う』と表現されるから、また別のものなのだろう。

当然ながら、いずれも使ったことがないのだけれど。


「いつって、今だ、今。それは一体何の魔法なんだ」

「なんの……?」


どうやら、魔法というエネルギーには種類があるらしい。ガスに種類があるようなものだろうか。

ただ、リトの口ぶりでは、魔法エネルギーは人間が自在に使えるもののように思える。


「りゅー、魔法しやない。りと、みせて」

「俺はそういう魔法を使わねえんだよ」


そういう……とは?

埒があかずに閉口すると、ちらりと手元の本の塔を眺めてリトを見上げた。


「りゅー、魔法を先に学習すゆ。りと、魔法の本、たくさん取ってって」

「そっちの本はどうすんだよ」

「後でよむ」


リトは何か言いかけ、考え直したかのように私が読み終わった本を持って、その場を離れた。

魔法について、私は認識を誤っていたのかもしれない。

エネルギーの一種と理解していれば、詳細は後回しで良いと思っていたけれど、それがもし直接人間が操ることのできるエネルギーなのだったら。


本当に『魔法のような』『魔法』なのであれば。

これは、相当に優先度の高い項目となる。


「ほらよ。魔法の本なんざ、幻獣と比べもんにならねえくらいあるからな。まずはお子様向けからだ」


なるほど。私は手当たり次第にデータを取り込んで学習していたけれど、確かに子ども向けを網羅してから次へ進む方が、効率が良いかもしれない。

じっとこちらを注視するリトに礼を言って、さっそくその本を手に取った。


「――ほら、魔法使ってんだろ。何をやってんだ?」


まだいくらも読まないうちから声をかけられ、没頭していた私はハッと集中を途切れさせた。


「本、よんでる。学習ちてる」

「読んでねえわ、めくってるだけだろが」

「りゅー、よんでる!」


憤慨して抗議し、ぐいっとリトに本を押し付けた。


「りと、しちゅもんして!」

「この中からか?」


ここまで、と読んだ範囲を示すと、半信半疑の顔でリトがページを開いた。

さあ、久々にAIとしての機能を使う時。

質問を。私を活かすための質問を。

息を吸い込むと、深く意識を探るために目を閉じ、リトの声以外の情報を遮断する。


「あい、なんれもしちゅもんしていたらいて構いまてん。どよのうなしちゅもんでも、お答えれきる範囲でおてちゅだいちましゅ」

「……お前、それ……。分かった、ならお前程度なら普通知らねえことばっか選んでやる。――魔力測定の時期は?」

「魔力ちょくていは、一般ちぇきに6歳ごよを目安におこわなれゆことが多いれす。魔道具をちゅかい始める時期に合わしぇて、ちょくていするためれす」


答えておいて、なるほどと納得する。私は4歳くらいだから、まだ魔法に関わっていなくて当然なのだろう。

魔力測定を行い、過少や過多がないかを確認してからの話なのだ。

そんなことを考えていると、意識が浮上しかかって慌てて集中の深度を下げた。


「この本の著者は?」

「わいまーゆ・れみしゅ氏が主監修者れす」


他愛もない質問をいくつか繰り返し、リトは少し言葉を切って意味ありげに次の質問をした。


「――なら、12ページの4行目はなんて書いてある?」

「『魔力を感じる訓練を終えたものは、次に自分の中に』れす」


リトが、息を呑んだ気配がする。


「……これが、お前の魔法か」


そんなこと、読んだ範囲には書いていない。

私自身に問われたのだと気づき、沈んでいた意識が引き上げられた。

私を見つめる双眸と視線が絡み、ふわりと全身から力が抜ける。


ぱちりと瞬くと、再び心臓が動き出したような、そんな気がした。


「りゅーの、魔法?」

「そうだ、俺もこんな魔法は初めて見たが……無意識なのか?」


無意識に使うこともあるのだろうか。

今書かれていた範囲では、魔法は、魔法の言葉を使うことで発動する現象だと書かれてあったけれど。


「りゅーは、魔法使える……?」


それは、とても大事なこと。

魔道具を使うことと、魔法を使うことは根本的に違う。

魔力を一定以上持っていなければ、魔力を『魔法』として使うことができないそうだから。


「使えるっつうか、使ってるな」


私は、ふわりと頬が熱を帯びるのを感じた。

魔法を使える。

ならば、私にとって魔法の言葉を覚えることなど、努力すら必要なくできる。

本一冊分の文字量があろうが、何の問題もない。


魔法の言葉を覚えれば使えるのであれば。

私は何だって使うことができる。役に立つに違いない。

それは、すなわち私の価値。


リトにとって、大きなメリットになり得る私の価値が見つかった。


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