第38話 レッドジェム
じっと目を凝らして吟味しても、どのレッドジェムが5つ星になるかなんてわからない。
大体同じような大きさで、色つやで、星は8~12個だ。どの実にも可能性が秘められている。
室内には甘い香りがめいっぱい広がって、さっきから視線はちらちら半分になったレッドジェムに向かってしまう。
「5つ星は、この中に必ずあるわけじゃねえんだぞ」
いつまでたっても動かない私に、リトがそう言って笑った。
そうか、言われてみればそうだ。この数個の中に入っているなら、既にその時点で幸運だ。
意を決して目を閉じると、さっと手を差し入れてひとつ掴み取った。
「お前の力ではちょっと難しいかもしれねえけど……熟れてるからいけるか。体重かけてぐっと押してみな」
私はどきどき胸を高鳴らせながらベッドから下り、床に――置こうとしたところでリトがすかさずお盆を差し入れた。
とても硬そうだけれど、本当に割れるだろうか。
ころころ転がるレッドジェムを掴まえ、ひとまず動かないように押さえつけた瞬間、いとも
「……?」
「割れたか? スプーンで食うんだけどな、面倒くせえからそのまま食え」
ベッドに腰かけたリトは、そう言ってレッドジェムにかぶりついた。
歯でえぐるようにして上手いこと実だけを食べるらしい。
じゅ、と果汁をすする音がする。
こくりと私の喉が鳴った。
急いで手元の割れたレッドジェムに視線を落とし、片方を拾い上げた。
これを、食べるのか。
さっきのとは少しばかり違う気がするけれど、力を入れずに割れるくらい熟すと、中身が変化するのかもしれない。
割れた片割れは、空っぽだ。だから、食べるならこっちだと思うのだけど。
あまり、瑞々しいとは言い難い。どちらかと言うまでもなく、ふわふわしている。
食べていいのだろうか。
しばし逡巡の末、リトがもう半分にかぶりついた音を聞いて、私も慌てて口へ運んだ。
恐る恐る、はむ、と咥えた瞬間――
「ピィ」
レッドジェムが鳴った。
驚いて口を離すと、目が合った。
大きな黒い瞳のようなものがぱちりと瞬き、耳のようなものがぴぴっと動いた。
ぎゅうっと小さくなっていた中身が少し広がって、ふさりと尻尾のようなものが垂れ下がる。
鼻のようなものと、口のようなものがひくひくと忙しなく動いている。
私が思うに、これは果物の分類ではないのではないか。
多分、生で食べるものではない。調理が必要だろう。
「りと、おようりして」
「なんで料理だよ、レッドジェムはそのまま――は?!」
獣のように手を舐めていたリトが、ずいと差し出したレッドジェムを見て固まった。
「りゅーのくらもの、
「生じゃねえわ! 食おうとすんな! どっからどう見ても果物じゃねえだろが!」
だけど、割れるまではどこからどう見ても果物だったのだけど。
今も、私が掴んでいる果皮部分は、レッドジェムそのもの。
「……はぁー、すげえな。5つ星どころじゃねえよ。ジェムスカラベじゃねえか」
リトはまじまじと私のレッドジェムを見てそう言った。
やはり、果物ではないらしい。
「これ、なに?」
「何かっつうとなー、何とも。元々はレッドジェムにつく虫だっつうんで虫の名前がついたんだけどよ、虫じゃあねえよな。レアだからあんま知られてねえんだよ。初めて見たけど、こいつ、幻獣の一種じゃねえ?」
「げんじゅー? まももなない?」
それは知らない。幻獣という生き物もいるのか。
まあ、文献にあったように恐ろし気ではないから、魔物とは違うのだろう。
ジェムスカラベとやらについて分かっているのは、レッドジェムの中に入り込むようにして食べながら成長し、食べつくした後は殻を被って擬態することくらいだそう。
しかし、こんな派手な果物に擬態したところで、食べられるだけではないだろうか。
リトに尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。
「それがな、レッドジェムは俺たちにとっちゃ栄養のある果物なんだが、食える生き物はあんまいねえんだよ。特に魔物だと毒物だな。元々森の奥に生えてんだけど、そんなわけで実が残ってることが多いから、別名『天の施し』なんて言うらしいぞ」
「りと、ももしり」
「物知り、な」
なるほど、そんな経緯もあってレッドジェムは縁起の良いものなんだろうな。
ちなみに、そのレッドジェムに擬態するジェムスカラベも大層後利益がある……と、言われる生き物だそう。
この個体はもうすっかりレッドジェムを食べつくしているけれど、今後のごはんはあるのだろうか。
あそこにあるのは、私のレッドジェムなのだけど。
危機感というものがないのか、幻獣は特に逃げようともせず戸惑ったように鼻をうごめかせている。
知識の中から該当しそうな生き物を探すと、恐らく見た目はげっ歯類のヤマネが近いのではないか。
大きな黒い瞳、頭は茶色く顔半分から腹にかけては白っぽくふわふわの毛に覆われている。殻に潜る影響か、後頭部側は短毛になっていた。
糸のように細い桃色の指は、両手足それぞれ4本ずつ。
背中にはつやめくレッドジェム。一体どうやってこの殻を保持しているんだろう。
ふわふわの毛が柔らかそうで、つい腹に指を差し入れると、小さな小さな両手足がぎゅっと私の指を掴んだ。
どうしてか、触れた指だけでなく、胸の内までほわほわとしてくる気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
*カクヨムさんは画像が入れられないんですね……。
38話・39話には、アルファポリスさんで画像を入れています。とても可愛いのでご興味のある方はぜひ!
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