第37話 果物

むくり、と体が起き上がって目が覚めた。

体が先に起きることもあるのだな、などとぼんやり壁の木目を眺めていて、ハッとした。

急いで振り返ると、なんとまだリトがそこにいる。

武器の手入れを再開しているらしい様子に、重たいまぶたをこすりこすり、憤慨して布団を叩いた。


「りと!」

「うん? 起きたか」

「りゅー、いいこしてた!」


歩み寄ってきたリトが、ベッドに腰かけ可笑しそうに私の髪を撫でつけた。


「おう、イイコだったぞ。何怒ってんだよ」

「くらもの! りと、くらもの買いにいって」

「ほらよ」


今にも吹き出しそうな顔をして、リトは大きな袋をベッドに置いた。

どさり、と微かに伝わる振動から、結構な重さなのだろう。

急いで中身をのぞき込むと、さらに小さい袋がいくつか入っている。

ちらりと覗く鮮やかな色彩に、体がそわそわしてきた。


「これ、くらもの? いちゅのまに……?」

「お前が寝てる間にだよ」


リトは、むい、と頬をつまんで笑う。

私は、いつ寝たのだろう。なんと、ちょうどよく寝たものだ。

そう思って窓の外を見ると、明るかった空が随分オレンジ色を帯びている。


「朝まで寝ているんじゃねえかと思ったわ。今食ったら夕飯が入らねえだろ、果物は飯食ってからな」

「だめ、今たべる!」


慌てて袋に布団を被せ、体で覆ってリトからガードする。

だって、果物を楽しみにいい子にしていたのだ。それを反故ほごにされてはたまらない。

……実際、寝ていただけだったとしても、それはたまたまの話だ。


「へえ? じゃあ果物いっぱい食っちまって、粥じゃねえ夕飯は食えなくていいのか?」


言われて、ピクリと反応した。

それは困る。

だけど、果物は今食べる。

両立困難な課題を前に、しばしフリーズして考え込んだ。


「あっ……?!」

「潰れるっつうの。柔らかいモノもあるんだぞ」


悩んでいる隙に、ヒョイと持ち上げられ、いとも簡単に袋の上から取り除かれてしまった。

バタバタ手足をばたつかせて抵抗すると、リトが無造作に袋の中身をベッドに広げた。


「果物は冷たい方が美味いぞ。食うやつ決めて、冷やしておいたらどうだ」


たくさんの果物に目を奪われていた私は、その魅力的な提案に逡巡する。

冷やして食べたい。でも、今食べる。

ままならないものだ。

ぐむ、と口をつぐんだ私に苦笑して、リトは私を下ろした。


「分かった分かった、一個だけな? 一個だけ食おうか。どれがいい?」


その言葉に、ぱあっと視界が開けた気がする。瞳を輝かせてリトを見上げた。

これぞ天啓……それが唯一の解決策だろう。

急いで何度も頷き、リトの気が変わらないうちに、飛びつくように果物を選びにかかった。


果物は種類別になった小袋からこぼれ落ちて、全部で5種類が見てとれた。リトの爪くらいの小さなものから、大きいものは私の拳くらいだろうか。

赤、黄色、オレンジ、緑、黒いのもある。


私は、目を皿のようにしてひとつひとつ吟味する。

一つだけ、と言うのなら大きいものを選ぶべきだ。

この時点で小さなオレンジと黒は除外、緑は長細いだけで内容量が少ないだろう。黄色と赤は同じくらい、いずれも球に近い形で私の拳大だ。

黄色くて白い粒々の模様がある実か、鮮やかな赤で黒い斑点のある実か。

熟考に熟考を重ねた末、片方を指さした。


「……これ」

「お、いい目じゃねえか。一番価値のあるやつ選びやがったな」


リトはにやっと笑って全てを袋へ戻し、赤い実の果物袋を丸ごと取り出した。

一つじゃないのだろうか、と期待を込めて見上げると、リトが手近なひとつを私に手渡して、黒い模様を示した。


「レッドジェムはな、硬いけど中心に力を入れると簡単に割れんだよ。見ろ、割った時この星が5つだと幸運の証らしいぞ。この殻はそもそもアクセサリーに加工できるからな、食った後も価値が残るんだよ」


なるほど……四つ葉のクローバーみたいなものだろうか。

私はまじまじと手元の果実に視線を落とした。

つやつやとしたルビー色の硬質な果皮に、黒い斑点。その斑点が星形をしているのだ。

ぐるりと回して数えてみると、星の数は12。ある程度まんべんなく散っているけれど、それほど規則的なわけでもない。

どこで割れば5つ星になるか……と考えていると、リトが手を添えた。


「思うような場所では割れねえんだよ、見てな?」


そう言って実の上下からぐっと圧をかけると、パキ、と軽い音がした。

外側からは分からないけれど、どうやらクルミのように割れる位置が最初から決まってるようだ。

途端に漂ってきた芳香は、今まで嗅いだ何とも違う、いい香りだ。


「十分熟れてるな、甘い香りがするだろ?」


そうか、これが甘い香りか。

だけど、いくら吸い込んでも甘くはない。


「によい、甘いない」

「え、そうか? 甘いだろ? ……ああ! 味はしねえよ」


一生懸命吸い込んでいる私を見て、リトはようやく合点がいったように付け足した。

そうなのか。なら、なぜ甘いと言うのだろう。この匂いがするなら味も甘いということだろうか。


「星は――お、きれいに半分になったな」


残念だ、そう簡単に5つ星にはならないらしい。

6つ星となった果実を見つめていると、リトが袋を示した。


「お前も、ひとつ選んで割ってみな」


私が、選んでもいいのか。

思わぬことに、胸の内がとくとく音をたてはじめる。


くすぐったい口元に、きっと私はまた『によによ』になっているのだろうな、と思ったのだった。

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