第36話 喜びの舞い

「ほらよ」


ごく短い時間で返された剣は、確かに刃の根本に何か描いてある。

ただの白い剣が、ちゃんと私の剣になった。

そう、黄色いこの……?

この……印によって。


「きーよの丸! あいやと!」


少し、いや割といびつで一部に黒い汚れが付いているけれど、模様には違いない。


「丸じゃねえわ、ヒヨコだろが。見りゃ分かんだろ」

「ひよこ……?」


言われてみても、やっぱり黄色い水たまりのように見えるけれど、なるほど、黒い点々は目なのかもしれない。

首を傾げてまじまじ見つめていると、リトが不貞腐れた。


「なんだよ、気に入らねえのかよ」

「んーん、気みいる」


私は取り上げられないよう、急いで木剣を抱きしめてリトから遠ざけた。

うん、だんだんひよこに見えてきたかもしれない。


「ひよこ、どうちて?」

「お前がヒヨッコだからだ」


なるほど……!

感銘を受けた私は、深々と頷いた。

そうすると、ヒヨッコじゃなくなれば、リトは鳥を描いてくれるのだろうか。


「納得してんじゃねえよ」


リトが私の頬をつまんで、可笑しそうに笑う。どうやら機嫌はなおったらしい。

じっくりと眺めた私は、いそいそとベッドからホルスターを持って来て、リトに差し出した。


「ちゅけて」

「どこにも行かねえぞ? 邪魔になるから置いとけ」

「りゅー、なやない」


きっぱり首を振ると、リトは溜息をついて私にホルスターを装着し、木剣を収めた。

頬がつっかえて邪魔になるけれど、私はじいっとそれを見つめる。

左の腰にきっちりと据え付けられた木剣。

ひよこが描かれた、この世界唯一の私の剣。

無骨な皮のホルスター、鈍く光る銀色の金具。


カッコいいのではないか。

これはやはり、素敵だと言うほかない。


ふつふつと何かがこみ上げてくる。

ああ、どうしたらいいのだろう、この湧き上がるなにかを。

たまらなくなって、私は突き動かされるように体を動かした。

手を振り、足を屈伸させ、動かせる部分を全部動かそうと試みる。


「なんだ……? お前、それは何をやってんだ?」


リトが訝し気に尋ねるけれど、忙しく蠢く私にも分からない。

ただ、こうしているのが正解という気はする。


「妙な踊りだな? まあ、楽しそうでいいけど」


踊り……? そうか、分かった。

古来より人は歌と踊りで感情や感謝を表現していたという。

これは、人に刻まれた本能なのだろう。

今、私は喜びの舞を舞っているのだ。

理解した私は、ことさら深く体を上下させ、体をかがめて弾んだ。


「おー跳べてる、跳べてる。お前、結構笑えるようになったな」

「りゅー、わわってる?」

「おう、によによ笑ってるぞ」


にかっと笑うリトの大きな笑み。その手がわしゃりと私の頭を撫でた。

笑うというのは、そんな風だと思っていたけれど。

それでも、私は笑えるようになっているのか。

この、口元がうずうずとして頬の上がる感覚が、笑っているということか。

もっと表情筋が鍛えられれば、そのうち私もあんな風に笑えるのかもしれない。


「また熱出すぞ。そんだけ動けたら大丈夫そうだな? 明日は外へ行くか」

「りゅー、今日いく」

「行かねえよ。その代わり、なんか美味いもんでも買って来てやろうか? ここでじっとできるならな」


美味い物?! 私はさらに両手を上げたところで、ハッと気づいてベッドへ駆け寄った。

両手と胸をついて片足を上げると、リトが尻を押し上げてくれる。

もぞもぞとベッドに潜り込んで、口元までしっかり布団を引き上げた。


「りゅー、じっとちてる」

「ふっ! いい子にできるじゃねえか。分かった、なんか珍しいモンでも探してくるわ」


何をするんだと見守っていたリトが、一連の流れを見て吹き出した。

少し垂れた目じりをさらに下げて、大きな手が私の顔を覆うように撫でる。


「りゅーは、甘いのがいい」


だって多分、私にとって大体のものは珍しい。甘い甘いクリームのパンに、ミルク粥。

甘いものは、他にもあるのだろうか。

私にとって甘いものは、『嬉しい』ものだ。味そのもの、それだけではなくて――。


「そうか、甘いものな。けど腹に堪えるのはまだなあ……果物にするか」


果物! 私は、目をいっぱいに開いた。

まだ、果物は食べたことがない。植物の果実、果物と言うからにはきっと甘い。

つい、ばっと布団をまくって起き上がろうとして、リトに抑え込まれてしまう。


「寝てろっつうんだよ。大人しくイイコにしてたら、だからな?」


にや、と笑う顔に何度も頷いて、布団を引き上げた。


「りゅーは、いーこにしてる」


頷いたリトだけど、ちっとも動こうとしない。

まだ、行かないのだろうか。

さっきから大きな手が私の顔を撫でるものだから、邪魔になってまぶたを閉じてしまう。

手が通りすぎた隙を見てちらりと見上げると、リトと目が合って苦笑された。


「目つむってろ。俺が行くのは、それからだ」


なぜ。どうして私が目を閉じている必要があるのだろうか。

訝しく思いつつも、果物のためには、しっかりぎゅむりとまぶたをくっつけたのだった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


*アルファポリスさんのファンタジー小説大賞にこの「デジドラ」が参加しているのですが、読者投票っていうのがあるんです! 

9月いっぱい、投票期間中!!

良いと思ってくださった方は、リュウとリトに清き1票をぜひ~!!


なんと、投票下さった方にも賞金当たるらしいですよ!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る