第33話 言っておかなくてはいけないこと

「いやいや、普通に剣振ってみろっつってんの! こうだよ、こう!」


言いながら剣を振り下ろす仕草を見て、拍子抜けた。

なんだ、そのくらい私にだってできる。

リトの真似をして、両手で持った木剣を上下してみせた。


どうだと見上げると、リトはなんとも言えない顔をしている。


「あー、まあそんなもんだろ。それ以上軽いのはねえし、それでいいな」


なんとなく不満が残るセリフだけれど、それよりも。


「こえ、りゅーの? りゅーの、武器?」

「当たり前だろうが」


また抱えられながら、リトの手にさっきの白い木剣が握られているのをじっと見つめた。

私の武器……。

また胸の内がそわそわしだすのを押し隠し、私は急いでリトを引っ張った。


「りと……りゅーはりとに、言っとおかないといけまてん」


真剣な顔で見上げると、リトも何事かと顔を引き締めた。

言いたくはない。でも、リトは思い違いをしている。

とても残念だけれど、ちゃんと言っておかなければ。


「りと、りゅーは……。りゅーは、たかかえない」


言いながら視線を伏せた。

せっかくの白い剣。私が手に入れるはずだった剣だけれど……だけど、隠しておくわけにはいかない。

リトはきっと、旅の供として少しでも戦えることを期待しているのだろうから。


もしかして、それなら私などいらないと言われるだろうか。

さっきまでとは違う早鐘が鳴り始め、私はきゅっとリトの服を握りしめた。

ハンカチがない。

そうだ、あのハンカチはお風呂の時にポケットに入れたままで。


「……それだけか?」


いぶかるような声が降ってきて、私は顔を上げないままにこくりと頷いた。

途端に、んぐっと妙な音と共にリトが震えだし、何事かと見上げた。


「わ、悪い……お前が真剣なのはわかったから……! ちょ、っと待ってくれ」


片手で顔を覆って、体を折りたたむようにしてしばらく震えていたリトは、ふうふうと荒い息をして顔を上げた。


「はぁー。あのな、当たり前だっつうの! 誰もお前が戦えると思ってねえわ」


むい、と頬をつままれ、意外な言葉にきょとんと瞬いた。


「じゃあ、ろうちてりゅーに武器を買うの?」

「戦う以外にも色々使い道があんだよ。それに、丸腰よりマシってな。あとは、練習するのに必要だろ?」


お前に刃物は持たせられねえし、なんて言いながら、リトは私の両頬を揉んでいる。

……良かった。

心からの安堵と共に、私には引っかかりが生まれていた。



「防具は……まだ無理だな。皮手袋ぐらいか」


私の心の内も知らず、リトはひとしきり店内を歩き回ってカウンターへ向かった。

ちゃんと、その手には私の剣を持っている。


カウンターでは髪の毛のない店員が私を見て、木剣を見て、満足そうに頷いてお金を受け取った。

ほらよ、と渡された剣は、さっきよりもずっと綺麗で立派に見える。

しかし――忘れているのだろうか。足りないものがある。


「りと、しゃやがない」

「シャヤ? ……ああ、鞘か? 木剣に鞘はいらねえだろ」

「ろうちて? ここに、しゃやちゅける」


私は腰に木剣をあてがい、ほら、とリトを見上げた。

だって道行く人も、お店の剣も、全部鞘というケースに入っているではないか。

中身だけ持っている人など見たことがない。


「ここ、ちゅける」


ぽんぽん、と腰を叩いてもう一度主張すると、リトは困った顔をした。


「そうは言ってもよ……」

「ぼうず、待ってな」


リトが困惑した声をあげる傍ら、店員は薄い皮のようなものを巧みにカットして、パチンパチンと金具をはめ込んでいく。


「こっち来な」


手招かれ、リトが私をカウンターに座らせると、店員は手に持ったそれをぐるりと私の腰に回して、また切ったり金具をはめたりする。

そして、腰の位置を合わせて木剣を通し――


「どうだ? ホルスターがあれば、それでいいだろ」


すごい……! あっという間にできてしまった!!

一生懸命頷くと、店員も重々しく頷いた。


「へえ、器用なもんだな。それで……?」

「あんた、リトだろ? リャマスの牙、とかどうだ?」

「まあ妥当なトコか」


にやり、と笑った店員に苦笑して、リトは腰の袋から何か小さなものを取り出して渡した。

お金以外でやり取りすることもあるのか。

牙と言うからには動物か魔物の一部なのだろう。冒険者が魔物を討伐して生活をする、という一端を垣間見た気がした。


店を出た私は、カッコいい服を着て、腰には立派な剣を下げている。

まさに、いっぱしの冒険者と見紛うようないで立ち。

だけど――戦えないのだ。

そもそも、満足に歩くことさえできていない。


私は、本当に何の役にも立たないのだな。

AIなのに。たくさんのデータを持っているのに。

せっかく蓄えたデータは、的確に引っ張り出すことができなければ、ないのと同じ。


しかし、常に意識の中を検索し続けるというのは不可能だ。

人間は、今この瞬間に、ここに存在しているから。

様々な感覚を働かせ、情報を処理し続けているから。


だけど、一時的に意識に潜ることはできる。浅くならば、さほど難しいことでもない。

私は、なるべく意識の検索に努めようと考えたのだった。


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