第31話 カッコいい

旅にも色々あるだろうけれど、リトはどのような方法を――いや、この世界ではどのような旅の種類があるのだろうか。

今のところ自動車らしきものは見たことがないけれど、飛行機や電車に該当するものはあるのだろうか。


周囲を見回しても歩く人ばかり。馬がいるのだから、最低限馬車らしきものはあるだろう。

ただ、路面が悪い。

もし私の知る自動車があったとして、この路面では快適に走るとはいかないのではないか。少なくとも、スピードを出せる状態ではない。


旅について詳細を聞いておかなくてはいけない。

そう思ったところで、リトはひょいと並ぶ店の中に入った。


外の強い光が遮られ、急に明度の変わった視界に目を瞬かせる。

そうして視界に飛び込んできたのは、所狭しと並ぶハンガーラックと、そこへぎゅう詰めに掛けられた服。

壁際の棚には、大きなロールの布地が並んでいた。


「さて……来たものの、お前に何が必要なのか、俺には分からんな」


さっと店内を見回したリトは、早々に諦めたらしく店員を呼んだ。


「何かお探しですか?」

「この通り1着もまともな服を持ってないから、こいつに必要なもの全部揃えたい。俺は不慣れでな、頼めるか?」

「全部ですか?! ええと、何着くらいをお考えでしょう……?」

「そういうのも分からねえから、任せていいか?」


年若い、と言うよりもまだ子供らしさの残る女性は、途端に目を丸くして年上の店員を呼びに行った。

親し気な様子から、親子なのかもしれない。


「失礼いたしました、店長のマリーナです。当店でお子様の服を揃えて下さるとのこと、ありがとうございます」


マリーナさんはさっとリトの全身に目を走らせた。恐らく彼の服と価格帯や雰囲気を合わせる形で案内してくれるのだろう。


「お下着は何かご希望ございます? なければ一般的なものをお持ちします。最低限として普段着は上下3着ほど、ですがお子様ですので、上はたくさんあるに越したことはありません。お出かけ用などは――」


若い店員が空のハンガーラックを持ってくると、マリーナさんはものすごい勢いで話しながら、店内を歩き回った。

そして過積載感満載のハンガーラックから魔法のように次々何か選び出しては、空のラックに掛けていく。


「では、まずこちらから3着選んでくださいますか? 少し大きめですが、それでも来年には着られないと思いますので、そこを念頭に置いて選んで下されば」


ふんふんとただ頷くだけだったリトが、言われてぎょっとしたようにハンガーラックを見つめた。空だったそこには、既にたくさんの服がかかっている。

そして頼みのマリーナさんはすでに別の空ラックを用意してまた次々服を抜き出しては掛け始めていた。


「……リュウ、どれがいい?」

「りゅーは、どえれもいい」

「うっ……そう言うなよ、なんでもいいから3つ選んでくれ!」


そう言って下ろされたものの、私は一体何を基準に選べばいいのだろうか。

明らかにリトの服より小さな服は、きっとどれも私のサイズに合っているのだろうし。


「ふふ、好きな色とか、手触りとか、ないかな? こんな可愛い子にうちの服を着てもらえるなんて、嬉しいな!」

「りゅー、かわいい?」

「ええ、とっても可愛いわよ!」


にこにこする若い店員は、嘘を言っている風には見えない。私には、『可愛い』が戻ってきたのだろうか。


店員の登場にやれやれと安堵しているリトを見上げ、また店員を見上げた。


「りとは、かわいい?」


リトは、見目が整っていると思う。私もそうであれば良いと思ったのだけど、店員は私の指した先を見て、しどろもどろになった。


「えっ? あの、その、可愛いと言うか、カッコいいです。その、とても」


みるみる店員の顔が赤くなり、こんな表情もあるのかと少し驚いた。顔の筋肉だけでなく、色を変えることで表現する場合もあるのか。

一体、どうやって。

私は、まだまだ修練が足りないらしい。


「お前な、言わせるなっつうの。悪いな、ありがとよ」


リトが苦笑して片手を挙げた。

似たようなものだと思っていたけれど、その二つは何が違うのだろうか。見目が整っているという意味だと思っていたけれど。


「りゅーは、かっこいいくない?」


リトの方を向いてしまった店員を引っ張ると、慌てて屈みこんでくれた。


「えっ? あ、ごめんね! 君はまだ小さいから、『可愛い』でいいの。だけど、カッコよくなりたいなら服選びも頑張らないとな~?」


そう言ってラックに掛かった服を広げてみせる。


「きれいな髪と瞳の色だから、服も合わせるとかわ……カッコいいのよ! この柔らかいミントグリーンとか、すごく素敵だと思うわ! ピュア感と柔らかさを引き立てる白系もすっごく素敵!」

「りゅー、そえにすゆ!」


なるほど、瞳の色や髪の色を考慮して選択すればいいのか。

町ゆく冒険者であろう人たちは、割と茶色っぽい煤けた雰囲気の衣服だった気がするけれど、それは私と色が違うからなのだろう。


選び出された数着を抱えると、リトがマリーナさんと何かやり取りしながら振り返った。


「決まったか? ならもう、今着せてもらえ」


簡単に言われ、私はぎゅっと抱えた服に、視線を落とした。


着ても、いいのだろうか。


これは、私の服。

私のための服。


服を着替えるだけのことが、こんなにも心臓を弾ませるものだと、私ははじめて知ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る