第30話 おしごこ
「疲れた……すげー疲れた」
リトはせっかくの入浴後だというのに、そんなことを言いながらさっきの小部屋へ出てきた。もちろん、私を連れて。
あの大きな窓……いや、ガラス張りのドアだったのだろう。その脇にある飾りに触れると、お風呂の方で何やら音がした。
「お湯を抜いただけだぞ」
そちらへ行こうとする私を押しとどめ、扉脇の飾りがお湯張り、お湯抜きの仕組みになっているという。
もしや、これが魔法の道具だろうか。
図書から得た知識では、この世界では魔法というエネルギーが使用されているという。魔法の道具は、人体に流れる魔力を感知して魔石というエネルギー源を働かせて動くのだとか。
生体電流を感知するようなものだろうか。
それならば、きっと私にもできるのだろう。
だけど手を伸ばそうとする私を遠ざけ、リトはさっさとタオルで体を拭ってぐるぐる巻きに包まれてしまった。
これは、包むというよりも
「りゅー、うのけない」
「動けねえようにしてんだよ。ちょっとじっとしてろ」
仕方なくリトを眺めていると、あの長い髪をがしゃがしゃと無造作に拭って、捻り上げるようにまとめた。
見事なものだ、あんなにかさばるものが、こんなに小さくまとまるのか。
リトは素早く服を身に着け、やっと私の簀巻きを解いた。
「これを……着れんのか?」
困惑しつつ渡されたリトの服。
もちろん、着れるとも。私はいそいそと頭から被った。
「着えた」
どうだ、と見上げると、リトが盛大に吹き出した。
「うっは、そりゃあねえわ! ぶはは、ほら見ろ、枕カバーの方がマシだったろうが!」
「ろうちて! りゅー、ちゃんと着えた!」
憤慨して抗議したけれど、腹を抱えたリトは聞く耳を持たない。
そりゃあ、リトとは大きさが違うのだから、大きいのは仕方ない。しかし、ちゃんと頭は通して袖も通っている。何もおかしいことはない。
「あー腹痛てえ。けど、ねえもんはどうしようもねえし、とっとと買いに行くか」
リトはすとんと肩から落ちそうな襟口をつまんで結び、私を抱き上げた。
宿の受付けで鍵と赤い袋を渡し、一旦部屋へ戻ると、腰回りをたぐってヒモで縛り、ベルトのようにした。なるほど、こうするとかろうじて足が出る。
「りゅー、こえでいい」
「よくねえわ。俺が非難の目を向けられるっつうの」
むに、と頬をつまんで、リトはさっさと私を抱き上げ歩いていく。
外へ出た途端、眩しさにぎゅっと目を閉じてリトの胸元に顔を伏せた。
久しぶりの外。室内も十分明るかったのに、外はこんなにも光が強い。
目を開けられそうにないと思ったのもつかの間、私の目はすぐさま順応して忙しくなった。
色々な人がたくさんいて、時折馬もいる。馬じゃない生き物もいる。
服装は違和感があるくらいに多様で、細かな装飾のある繊細な服を着ている人もいれば、薄汚れた格好で刃物や棒のようなものを携えた人もいる。
これは、職業による違いだろうか、それとも貴賤によるものか。
リトはと言えば、こざっぱりとした恰好だけれど、服の傾向としては武器を持っている人たち寄りだろう。そういえばベッドの脇に、大きな武器が置いてあった気がする。触ろうとする気配を感じただけで隠されてしまう、あれ。
「りと、武器忘えた?」
いくら見回しても、リトは小さなカバンと私しか持っていない。
「忘れてねえよ、しまってあるんだよ。けど、町中で使うことはねえな」
「じゃあ、りとはたかかう? りとのおしごこは?」
武器を使う仕事にも、色々あったはず。兵士や護衛、冒険者や傭兵。だけど、これまでの様子からすると最後の二つが有力候補だろう。そうでなければクビになっている懸念が出てくる。
「俺は冒険者だな。もちろん戦うぞ、強そうだろ?」
にや、と笑う顔を見上げて、こくりと頷いた。
何をもって強そうと感じるのか分からないけれど、リトが一番強そうだと思う。
「……いや、なんつうか、そう素直に頷かれるとだな……」
どことなく気まずげに頭を掻くリトに、少し首を傾げた。
「りと、ちゅよくない?」
「そう言われんのもなあ。まあ……強いんだけどな」
リトが強いなら、その方がいい。
しかしそうなると一つ、気に掛かることがある。
この冒険者という職業は、主に魔物を狩って生計を立てているとある。
その魔物とは、文章から想像するに、私には動物よりも妖怪や怪物の類に思えた。
それほどに、理不尽なほどの脅威として書かれていたから。
それを狩るための職業。
つまり、冒険者という職業が成り立つほどに、狩るべき怪物がいるということ。
私は、そんな危険な世界にいるのだ。
「まももは、町にはきない?」
「魔物か? まあ、基本はな」
それならば、町中にいればまず安全ということだろうか。
しかし、そこではたと思い出した。
リトは、旅をすると、定住しないと言っていたのではないか。
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