第26話 スリリングな日常
――すごく、いい香りがする。
そうだ、さっきリトが私を食堂へ連れてきていたんだったか。
ちょん、ちょん、と硬質なものに唇をつつかれ、反射的に口を開けた。
するりと入ってきたスプーンが、思いのほか温かくてびっくりする。
ああ、お粥だ。
慣れた舌ざわりを迎え入れ、もむもむと咀嚼すると、私を抱える腕がふるふると震えた。
おや……?
ともすれば咀嚼も止まりそうなまどろみの中、夢うつつの味覚がきらりと反応を示す。
いつものお粥じゃない。
これは――!
催促するように口を開ければ、また温かいスプーンが差し込まれた。
「あまぁい……」
段々と咀嚼が早くなり、ついにぱちりと目が開いた。
眩しさに少々目をすがめつつ、口内に残る甘みを吟味する。
甘い。間違いなく、甘い。
普段のお粥の甘みとは違う、しっかりとした甘さ。
ぼやぼやする視界の中で、笑みを堪えているらしいリトを見つめ返した。
「りと、あまい。おかゆ、あまい」
「っふ、そうだな。美味いだろ? 起きたか?」
言いながら差し出されたスプーンを、勢いよく口へ入れた。
甘い。美味しい。
そのままスプーンをひったくって粥に突っ込むと、大盛にして勢いよく食いつこうと――
「馬鹿、ふーふーしてからだって言ってるだろうが」
寸でのところでリトの手に遮られ、せっかく掬ったお粥はぼたぼたと器に戻ってしまった。
リトは手についた粥をべろりとなめて、『甘……』なんて言っている。
熱いという割に、手の平だと平気なのだろうか。
不思議に思って、再び粥を掬い、ぽとりと手に受けてみた。
「――っ! あちゅ、あちゅい!!」
「なあぁ?! 馬鹿、なっにやってんだよお前は?!」
びびび、と手を振っても、まだ粥が粘りついている。涙目で手近なリトの服に擦り付けようとして、掴み上げられた。
サッと手のひらを拭われ、冷えたコップが押し付けられる。
私の手の上から、リトの大きな手がかぶさってぎゅうとコップを握っている。
今度はすごく冷たい。まだ少しじんじんするのは、熱いからなのか冷たいからなのか分からなくなった。
ああ、びっくりした。
ふう、と息をついて見上げると、リトはやっとコップから手を離し、真剣な顔で私の小さな手を観察している。
「そこまで熱くはなかったと思うが……少し赤いか。まだ痛むか?」
私はふるふると首を振って、手を取り返そうと引っ張った。
なんせ、甘いお粥が私を待っている。
「いちゃくない。あちゅかったらけ」
今度こそふうふうと念入りに冷まし、嬉々としてお粥を口へ運んだ。
とろりと甘い、白い粥。時折感じる香ばしい歯応えは、もしやナッツだろうか。
「はぁ……食事が毎回こんなにスリリングだとは、思わなかったな。ゆっくり食え、咽せるぞ」
ため息をつきながら、リトはせっせと私の髪や顔から何かつまみ取っている。
「しょれ、なに?」
「何、じゃねえわ! お前がぶっ飛ばしたミルク粥だっつうの。このまま外へ出たら、お前きっと鳥に攫われるぞ」
言われてみれば、なるほど点々とあちこちに粥が散っている。
しかしその場合、リトも攫われると思う。だっていっぱいついているから。
「あ~髪の中まで入って埒が明かねえ! 風呂だ、風呂!」
諦めたらしいリトが、そう言って手拭きでわしわし自分の顔を拭った。
お風呂……?! 身体を清潔にするだけでなく、疲労を取ったり心身のリラックスや健康増進にも役立つという、あの?!
いつも体を拭くだけだったから、お風呂という単語はあれど一般的な習慣はないものだと思っていた。
あるのか、お風呂……!!
「いく! おふろ、いく!」
ものすごく食いついたものだから、リトが不思議そうな顔をする。
「ん? お前風呂使ったことあるのか?」
「ない!」
「ないのかよ……」
ないからこそ、これほど惹かれるというもの。
この世界のお風呂は、どのようなものだろうか。風呂という単語には何と書かれていたか……湯を使うとあったはず。
はぷ、と大きく粥を頬張って考える。
温かい湯に入る、とはどのようなものなのか。毛布や、リトの温かさとは違うのだろう。
湯気がもうもうと立ち込めるという。視界を埋めるほどの湯気とは、どんなものだろう。
湯につかるのは、極楽だという。それは果たして、『天にも昇る心地』とどちらの方が上なのだろうか。
はたまた、極楽体験にも臨死的な危険が伴うのだろうか。
落ち着かない。体が、落ち着かない。
はぷ、と頬張って咀嚼するうち、じれったくなってまた頬張った。
「おい、ちゃんとごっくんしてから食えって」
すぐさまそんな声が飛んでくる。
本当に目ざとい。リトは逐一私の食事方法を見張っているらしい。
口いっぱいに入れた方が、効率がいいと思ったのだけど。
まだこちらを見ているだろうか、とリトの方を向いた瞬間、私にはどうしようもない反射がやってきた。
ん、と止まった私の一瞬を見逃さず、リトが何事かと身を乗り出し――
「――ぶごっほ! えほ、えほ!」
「ぬわあーーっ?!」
おそらくこれは、気管に入りそうになった食物をはじき出すための反射。素晴らしい機能だ。
さて、私の口に入っていたはずの粥は、といえば。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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