第27話 お風呂
「おーまーえーなあ……」
ぼたた、とリトの顔から粥が滴った。
なんと、リトのおかゆ和えができてしまった。……美味しそうではある。
言うまでもなく、私のせいだろう。この場合は謝罪が必要なのだ。
「りと、めめなさい!」
ぺこり、と頭を下げてみせる。
どうだろうか、うまくできたのではないだろうか。
孤児院で怒られた子は、これをするのだ。密かにやってみたかった私は、大変満足だ。
「はぁ~ったく、しょうがねえな。早く残り食っちまえ、とっとと風呂行くぞ」
お風呂に、お風呂に行ける!
そして勢い込んで頷き、ミルク粥を抱え込んだ途端、『待て! やっぱゆっくりでいい!』なんて止められたのだった。
食堂を出たリトは、その足で宿の受付までやって来た。
「風呂、空いてるか?」
「今からかい? そりゃ……ははっ、こりゃまた派手にやられたなぁ。この時間使うやつはまずいないから、ゆっくりしてきなよ。洗濯はどうするね?」
支払いと共に渡された鍵を見るに、風呂はお金を払って貸し切りで使うらしい。
ところがめいっぱい期待を膨らませていたのに、着いたのはさっきまで寝ていた部屋。
「りと、おふろは?」
「行くけどよ、着替えが……あ、しまった。お前の服買いに行かなきゃなあ」
がりがり頭を掻きながら、ぽいぽいとズダ袋に服やらタオルやらを放り込む。
「りゅーは、乾くの待てゆ」
別段寒くもないし、孤児院の時も外に干しておけば割と簡単に乾いたものだ。そう言えば元気な時に雨を見たことがない。
雨、と言っているのを聞いた気はするから降ってはいたのだろうが、ここらは乾燥した土地なのかもしれない。
大丈夫だと頷いてみせたのに、リトはとんと私の額を突いた。
「馬鹿、替えの服はどーせ必要なんだからな。この際旅の準備も含めて買い揃えるか」
「たび?」
「おう。お前の体調が完全に戻ってからだから、まだ先だけどな。俺は定住しねえんだよ」
……リトは、もう少し私に色々説明しておいてもいいのではないだろうか。
私が幼児だからと言うよりも、単に言い忘れているだけの気がする。
「しかし、どうするか……さすがに俺の服は……」
取り出した服を私に当てがい、リトは無言で元の袋に戻してしまう。
私は大層憤慨してリトを引っ張った。
「着えゆ! りゅーは、りとの服にしゅゆ!」
だって、着てみたい。
小さかったら着られないだろうけれど、大きいのだから着られるはずだ。
私はリトがカバンに突っ込んだ服を引っ張り出し、ぎゅっと抱え込んだ。
「そうは言ってもお前……枕カバーでも着た方がマシってもんじゃねえ?」
「いいの!」
「何でそれを気に入ってんだよ。まあ、別にいいけどよ」
服を離さない私ごとひょいと抱え上げ、リトはズダ袋を担いで歩き出した。
食堂の扉を通り過ぎ、行ったことのない廊下を進むと、奥に扉があった。
『風呂』とシンプルに書かれた木製のプレートが、私の期待感を煽ってくる。
リトがガチャリと鍵を開け、何の感慨もなく開いた先。
一面に湯が満ちているのだろうか。湯気で前が見えないだろうか。特別な香りはするのだろうか。
そんなすべての期待を裏切って、そこはごく普通の小さな部屋だった。
「服は洗濯してもらうから、一緒にここへ入れて――」
密かに落胆している私を尻目に、リトは説明しながら置かれた赤い袋に脱いだ服を放り込んでいく。
早い。リトは服を脱ぐのも早い。
私も急いで尻を着くと、体をしっかり丸めて服を引っぺがしにかかる。
あっちを引っ張り、こっちが引っかかり、奮闘しながらズボッと頭が抜けると、もう簡単だ。
「脱皮してるみてえ」
笑みを堪えるリトは、タオル片手に面白そうに私を眺めている。
パンツだろうか、腰回りの下着だけ身に着けているのを見て、ようよう全部脱いだ私は首を傾げた。
「ぱんちゅ、脱いだダメ?」
「お前は別にいいぞ。何かあったら、全裸で出るっつうわけにもいかねえだろ」
なぜリトはダメで私は全裸でもいいのだろうか。そう思いつつ、また着るのは面倒なので気にしないことにした。
さて、服は脱いだものの、ここからどうするのだろう。いつもの流れだと、濡らした布で体を拭くことになるのだけれど。
きょろきょろ見回していると、リトが私を抱き上げ、スタスタと大きな窓へ向かって歩いて行く。
透明度の低い大きなガラスがはめ込まれた窓は、取っ手がついていて奥へ向かって開くらしい。
窓を大きく開け放ち、リトはそのまま足を踏み出した。
窓から外へ行くのだろうか? 不思議に思ったとたん、もわりと圧迫感のある温かい空気に包まれた。
「おそと、なない……おふろ……?」
「風呂行くっつったろ? 裸で外には出ねえだろうよ」
リトが笑っている。
だけど私は、それどころではない。
これが、お風呂……!!
吸い込む空気がしっとり重い。こんなに水分が含まれて、吸い込む肺に水が溜まったりしないのだろうか。
木の匂いだろうか、水にも匂いがあるのだろうか、独特の香りがしている。
邪魔になるリトの髪を払いのけ、私は目を皿のようにして見回した。
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