第22話 今後の展望

 ぱちりと目を開けた私は、ぼんやりと天井を眺めた。

 大通りにほど近いこの場所は、町の喧騒がよく伝わってくる。

 すっかり明るくなった外の光が、室内を切り取るように区切っていた。


 寝返りをうつと、大きな背中を見つけた。

 リトは荷物を広げ、武器らしきものを磨いているようだ。

 大丈夫、ちゃんとここにいる。

 ほう、と安堵して、大事に大事に見つめた。


 しっかりと貯めておけば、次はきっと、大丈夫。

 『次』は、あとどのくらいでやってくるのだろう。

 もう少し。もう少しだけ、一緒にいてはダメだろうか。


 目の前にリトがいるのに、もう体の中心が蝕まれる感覚が蘇ってきた。

 きっとまだ足りないからだろう。だから、もう少し。


 ふと、気配に気づいたらしいリトが振り返った。


「リュウ、起きたか。おはよ」

「りと、おはよー」


 腰かけられたベッドが、ぎしりとたわむ。

 伸びてきた大きな手を受け入れて目をつむると、わしゃわしゃと髪がかき混ぜられた。

 リトの手は、温かい。そして、固い。

 リトは、触るとどこもかしこも固い。なのに、毛布よりも柔らかい気がする。


「お前の髪は、全然クセがつかねえのな。助かるぜ、櫛なんて持ってねえからなー」


 自分でぐしゃぐしゃにしておいて、整えるように前から後ろへ梳いていく。

 リトは、私の髪は整えるのに、自分の髪を整えないのだろうか。

 彼も寝起きなのだろうか、束ねていない髪はわさわさと広がって、タテガミのような迫力がある。

 私の髪は、長くなってもこうはならないだろう。


 するり、するり、不器用そうな大きな手は、案外器用に手櫛を通していく。心地よさに再び眠気がやってきそうだ。

 だけど、これではいけない。

 私は、リトともっと話をしようと思ったのに。


 まどろみに逆らって目を開けると、固い腕をつかんで体を起こした。


「起きるか? 寝ていていいぞ」


 私は、優しく言われた言葉に盛大に不機嫌になった。


「なない! りゅーは、どうちてじゅっと寝ゆの!」

「何つった? ああ、何で寝てばっかりかって? 何怒ってんだよ、寝てんのはお前だろ」


 可笑しそうに笑われ、ますます納得がいかない。

 ここへ来てからというもの、まさに寝てばかり。食べて寝て、食べて寝て。その繰り返しだ。

 どうして、こうも寝てしまうのか。

 私は、話すべきことがたくさんあるし、今のうちにリトのそばにいたいのに。


「まだ体調が回復しきってねえんだよ。回復薬が効かねえことはないんだが、あれは外傷が得意分野だからなあ。今お前の体は、やっと自ら回復できるとこまで来たんだろうよ」


 ぽんぽんと頭を叩かれ、それは一理あると納得する。

 圧倒的に栄養が足りていなかったのだ。修復のためのエネルギーを得て、睡眠中に回復に努めている、といったところか。

 ちなみに、『回復薬』がどういった成分のものかは定かではないけれど、人体の回復に特化した非常に便利なものであることは知っている。読んだ図書の中に度々出てきたものの、具体的な作用は不明だった。

 しかし現にこうして、無残な状態になっていた皮膚損傷や内出血がきれいに修復されている。


「……こんな言葉でも、分かんのか。お前、こないだまで何も分かってなかったろうが。どうなってんだよ……」


 そう、私はもう通常の会話なら聞き取りにほとんど不便はない。聞き取りには。

 いくつかの辞書も学習済みなので、むしろそこらの大人よりも語彙は豊富かもしれない。

 だからこそ。

 もそもそと這ってリトの隣に腰かけると、頬を引き締めじっと見上げた。


「りゅーは理解れきゆので、りとはちちんとお話ちてくだたい」

「――んぐっふ!!」


 途端に、リトが爆発しそうに頬を膨らませ、慌ててうずくまった。

 丸まって震えている意味は分からないものの、なんとなく不愉快だ。


「~~っはあ、はあ……そ、そのクールな無表情でお前……」

「……りと、そえはもちかちて、りゅーをわわってましゅか」


 ようやっと顔を上げたリトをのぞき込むと、ふいと視線を逸らされた。


「いやいや、腹がちょっとな……。で、何を……っふ、ちちんとお話すればいいんだ?」


 視線は窓のほうを向いているものの、一応話し合いを行う態勢にはなったらしい。

 私はこくりと頷いて、真摯に続ける。


「りとの今後の展望にちゅいて、聞かててくだたい」

「そうだな。今後の展望、展望な……じゃねえよ! 幼児がする会話じゃねえだろ!」


 言われて、確かに孤児院の子たちは、そういった建設的な話はしていなかったと思い返す。

 コミュニケーションは叶わなかったが、幼児同士の会話パターンは学習することができている。

 私は、静かに首を振った。


「りゅーは」


 続けようとした言葉が、なぜか詰まった。



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