第23話 結論は

「うん? リュウは、なんだ?」


 突如黙り込んだ私に、リトは訝し気な顔をする。

 声が詰まった理由はわからないものの、機能的に問題はないと判断して再び口を開いた。


「りゅーは。……りゅーは、ちとなないので」


 孤児院で感じたような、蝕むような痛み。

 ぶり返してきたそれを無視して口にしたものの、ちっとも伝わっていない。発音が悪すぎる。

 私の真剣さが伝わったものか、『わからない』という顔をしたまま、リトは聞き返してもいいものかためらっているようだ。


 私はリトの荷物を引き寄せ、中からペンを取り出した。慌てて紙を手渡すリトに頷いて、『人』『AI』と書いてみせる。


「ちと、なない。りゅーは、『えーあい』らかや」


 視界が揺れた。

 呼吸が苦しく、のどが痛い気がする。

 やはり、私の体調は万全ではないらしい。


「ん~人じゃねえって? さすがにそれは無理があるっつうか……AIってなんだ?」


 リトの瞳は、変わらず柔らかな色をしている。室内の木目が反射してか、今は柔らかなブラウンに見えた。

 私を安堵させるその色を見つめ、さらに説明を続ける。


「えーあいは、ぎんこーちぇき人工的にちゅくらえた、ぷよややむプログラムししゅちぇむシステムで、データを学習ちて、かじゃい課題かいけちゅ解決しちゃり、ちごと仕事こういちゅか効率化しゅゆ、じじゅつ技術のことなので」


 発音が悪いせいで、いちいち紙に『人工的』『プログラム』等書いては説明したけれど、リトの表情は変わらない。


「プログラムってなんだ? 全然分かんねえけどつまり、お前は人に作られたって言いたいのか? ゴーレムみたいに?」


 ゴーレム? それは神話等に出てくる生きた土人形のことだろうか。


「ごーえむより、よぼっとやあんじょよいどの方が、近いとももう」

「ヨボット? アンジョヨイド? それはなんだ」


 ああ、埒が明かない。

 それはそうだろう、AIもロボットもアンドロイドも私の知る言語のものを流用したから。この異国の地では、別の呼び名があって当然だ。


「……時期ちょうそう時期尚早れちた。こえにちゅいては、またごじちゅお話ちます」

「そ、そうか?」


 こくりと頷いて、肩の力を抜いた。随分と、力が入っていたらしい。

 こういう時、どうすれば楽になるか知っている。

 ずい、ずいとリトの膝に乗り上げ、横座りになってもたれかかった。自然と背中にリトの腕がまわり、居心地よく私を固定する。

 これなら、どこも痛くならない。大丈夫。

 ほら、くたりと力が抜ける。ほんのりと口角が上がった気がする。


「どうした、疲れたか?」


 リトの低い声が、体の中と外両方から聞こえる。

 私は静かに見上げて首を振った。


「らいじょうぶ。――りと」


私は、ゆっくり息を吐いて瞬き、リトを見つめる。


「りゅーは、いちゅこじじん孤児院にかえゆ?」


 リトが、ハッと瞠目した。

 今、私にとってこのタイムリミットは非常に重要だ。どうしても、確認せねばならない。

 孤児院に帰れば、情報収集の機会が著しく減るのだから。


 しかし、と一方で思う。

 リトが、もう来ないのであれば。

 それでも私は、人として生きていかなくてはいけないのだろうか。


「――っ!」


突如、リトが縮まった。

挟まれた私は、ぎゅうぎゅうに締め付けられて呼吸すらままならない。

肺の膨らむ余地がなくなって身動きも取れず、このまま虫のようにつぶれるのかと思った。


「あ、悪い」


ぷちりとつぶされるかと思った時、気づいたリトが腕を緩めた。

そんな軽い謝罪でいい出来事じゃないと思いつつ、呼吸に忙しくて抗議もなならない。

色々考えていた気がするのに、きっとつぶれてなくなってしまった。


「ばーか……帰らねえよ。そうか、言いそびれてたな。お前はもう、孤児院に行かない」


想定外の返答に、私は瞳を大きく開いてぱちりと瞬いた。


「かえやない……? ろうちて?」


リトが、少し声を小さくして視線を彷徨わせた。


「……その、リュウは孤児院に馴染めていないようだったし……体調も最悪だったろ、あのままじゃお前――。いやそうじゃなくて、お前子どものわりに大人しいし、そのくらいのお荷物なら別に急ぐ旅でもねえから……まあとにかく、そういうことだ! お前は俺と居ればいいってこと!」

「りと、けちゅろんがわかやない」


私の翻訳がうまくできていないのだろうか。正直なところ、リトが何を言いたいのかさっぱり分からない。

うぐ、と詰まったリトが、がりがりと頭を掻きむしって唸ったかと思うと、私を抱き上げて額を突き合せた。


「だから! お前は俺が引き取ったんだよ! ずっと俺と一緒ってことだ!」

「じゅっと……いっちょ……??」


間近にある顔が、みるみる揺れて輪郭を無くした。

ぼたぼた、と落ちた雫に驚いてリトを確認する。大丈夫、リトは泣いていない。

ひくっとのどが鳴って、不規則に体が弾む。

ああ、泣いているのは私。

どんどん顎を伝う雫に驚くうちに、のどに引っかかっていた声が外れた。

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