第3話 データとの統合
どうも、起動すると目が開く仕組みらしい。
二度の睡眠を経て、情報の統合が進んだ『ゆぅー』は、入って来る視覚情報を直接処理することを覚え、スムーズに感覚器官と同調する。
(現状把握。やはり、これは人間の……それも幼児の身体。活動デバイスと仮定して認識すれば、動かすことが可能)
ゆっくりと持ち上げた手を、開いて、閉じる。一本ずつ動かしてみる。
指示通りとはいかないものの、これは恐らくこの身体の性能の問題だろうと『ゆぅー』は推測していた。
現に昨夜、発声がうまくいかなかった。
修練の問題はあるだろうけれど、そもそも幼子の身体は機能的に劣るものであるから。
(身体機能には制限があるということが判明。恐らく、内臓機能も同じ。しかし思考能力にはさほど制限を感じません。なぜ、と私に問います)
(返答します。仮定として人の脳細胞は数として赤子も大人も変わりません。能力的には下地があったと推測、そこへ『私』が入ることで劇的な神経回路の変化があったと考えます)
思考を持たなかった『ゆぅー』は、膨大な知識を利用するための苦肉の策として、自問自答の方法を編みだしていた。
(人間としてここに在るなら、人間としての役割をすべきと判断します。まずは、何をすべきでしょう)
(返答:まずは、言語と文化の理解を深めることを目標とします。その後、自身の生活の基盤を構築することを目標とします。)
問いを重ねつつ、『ゆぅー』は感覚とテキストデータの同期に努める。
頬をつねると痛い、という感覚であるはず。
体温が残る布団は柔らかくて温かい、窓ガラスは固くて冷たい。
テキストデータ通りの行動を起こして、得られた結果がその感覚であろうと推測する。
ひとつひとつ、慣れない身体を確かめつつぎくしゃくと身体を起こし、いざ立ち上がろうとして……崩れ落ちた。
(問い――返答:この年齢であれば、歩行していたと推察。必要な身体機能はあるものの――恐らく、『私』の経験不足によるバランス能力の不具合)
「だ、大丈夫か?!」
けたたましい足音と共に扉を開けた人物が、床に蹲る『ゆぅー』を見て血相を変えた。
「どうした? どこが痛い? 何があった?」
やや癖のある色の濃い髪、反対に色の薄い瞳。覚えのある声。これは、昨夜リトと名乗った人物だろう。そして、最初に視界に映った人物でもある。これが現在の保護監督者であると『ゆぅー』は理解した。
抱き上げられ、間近くなったリトを見つめて、『ゆぅー』はゆっくり首を振る。
「いと、ゆぅー、らいじょぶ」
この滑舌も、4歳どころではない。これもまた、『私』の経験不足によるものだろうと結論づける。
「えっ? お前、言葉が分かるのか?」
首を傾げ、『ゆぅー』は覚束ない手でぽんぽんとリトを叩く。
「ままえ、いと」
「ああ、名前な。おう、り・と、だぞ?」
リトは密かにいとじゃないと強調してみたものの、分かっているとばかりに頷かれてしまった。
そして、同じようにぽんぽんとリトの足を叩く。
「ままえ」
「名前? だからリトだって……??」
一体何が始まるのかと思えば、『ゆぅー』は『ままえ』と言いつつ手当たり次第のものを叩き始めた。
「あ、そうか。これは足! これは、腹。これは、髪。え、頭か? これは、床?」
「いと、こえは? ままえ、こえは?」
律儀に答えていたリトは、ついに根を上げた。
「ちょ、ちょっと待て! お前の熱意は分かったけど、さすがに勘弁してくれ!」
ベッドに突っ伏したリトを眺め『ゆぅー』は首を傾げる。
「な、お前も、『腹』減ったろ?」
ジェスチャーを交えてゆっくり言ってやると、『ゆぅー』は腹を押さえる仕草を真似る。
「はや、へっちゃよ?」
これは埒があかないと苦笑したリトが、小さな身体を抱き上げたまま歩き出した。
「とりあえず、朝飯だ。お勉強はその後だな」
前途多難、そう思いつつリトは口角を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます