第19話 嫌な人と遭遇

「おはようございます」


 干し葡萄パンを作ってから数日後、マーガレットはなぜか王妃主催のお茶会に出席することになっていた。

 お茶会は女性のみ参加で、ユリアナに随行して彼女は参加させてもらうことになっている。


(なぜ、私が。王妃陛下のお茶会はあまり参加したことがないのだけど)


 王族関連の茶会や夜会だけに関しては、なぜかシーザが出席してよいものだけをマーガレットに指示していたので、この十九年で王妃を目にしたのは片手の指で数えるくらい少ない。


「ユリアナ様。本当によろしいのでしょうか?」

「勿論ですよ。私はマーガレット様が一緒に行ってくれて心強いです。一人で参加するのはちょっと怖かったので」


 正式な婚約は交わしていないが、サミュエルとユリアナは恋人同士だと社交の場で広まっている。なので、ユリアナは未来の伯爵夫人であり、王妃主催のお茶会に出席することは自然なことだった。


「母上。ユリアナを支えてあげてくださいね。あ、ユリアナ。母上のことは、マリーと呼んでね」

「はい」


 迎えにきたユリアナの馬車に乗り、マーガレットは幼女らしく大ぶりのレースに大きなリボンがついたドレスを身に纏い、王妃の主催するお茶会に出かけた。


「どきどきしますね」

「私もよ。子供のふりを上手くできるかしら」

「あ、問題はそこなのですね」


(八歳くらいの子どもってどんな行動を取るのかしら。子供っぽくお菓子でも頬張っていればいいかもね)


 マーガレットは自身の行動を確認し、王宮へ足を踏み入れた。

 そこに、ジョセフがいるとも知らず。



「…マリー様?」

「あ、え。ユリアナ様?」


 お茶会が主催される中庭に案内され、そこでマーガレットは王妃の背後に控えるジョセフの姿を見て、立ち止まってしまった。

 初めて見る彼の騎士の姿で、近衛騎士の真っ白な制服がよく似合っていた。

 

「あ、カリエダ卿ですね」


 マーガレットの視線の先にジョセフがいるのに気がつき、ユリアナは納得したように頷く。


「とりあえず、先に王妃陛下へご挨拶をしましょう。マリー様」

「え、ええ」


 一瞬ジョセフに見られ、微笑まれた気がしてマーガレットは自身の頬が赤らんだことに気がついた。

 落ち着かせようとしたけど、それは無理な話だった。


「あらあら。可愛らしい女の子がいるわね。ジョセフのこと、気に入ってしまいましたの?」


 挨拶もすっ飛ばして、王妃がそう話しかけ、マーガレットの動揺はさらに大きくなった。


(そ、そんなに顔が赤かったかしら。しかもジョセフ様を見ていたってわかってらっしゃるし)


「恥ずかしがらなくてもいいのよ。そうだ。私の近くに座る?ジョセフがもっと近くで見られるわよ」

「いえ、あの」


 王妃に逆らえるわけがなく、マーガレットの席は王妃の隣に用意された。幼女なので場所をとらず、しかも王妃の命なので反対の声など上げるものはいなかった。けれどもユリアナは男爵令嬢にすぎない。王妃の近くに座ることはならず、かなり離れた席に彼女は座ることになった。


(大丈夫よ。ユリアナ様)


 心配そうな表情の彼女に笑いかけ、マーガレットは近くにいるジョセフを視界にいれないように俯いた。


「あらあら。恥ずかしがり屋さんね。可愛いわ。私の娘の小さい頃を思い出す」


 王妃は終始マーガレットに話しかけ、幼女にみっともなく嫉妬心を燃やす夫人や令嬢の視線がマーガレットとユリアナに刺さる。

 時たま王妃がジョセフを呼び寄せたりと、マーガレットにとってはとんでもないお茶会になってしまった。


「疲れたわ。本当」

「私もです」


 帰りの馬車で、マーガレットもユリアナもぐったりと椅子に体を預けていた。


「カリエダ卿はかっこよかったですね」

「サミュエルを忘れないでね」

「もちろんですよ。サミュエル様はサミュエル様ですから!マーガレット様、カリエダ卿と喧嘩でもしたのですか?」


 マーガレットは、王妃にけしかけられてもジョセフと話をしようともせず、けれども頬を赤く染めていて、周りには彼女の好意がただ漏れだった。ジョセフも普段とは違う優しい表情をしていたので、幼女好き?!などとこっそり言っている令嬢をユリアナは横目で見ていた。


「喧嘩ではないわ。ただどうして接していいかわからないの」

「どうして、まさか告白されたのですか?」

「……そういうことになるのかしら」

「きゃー!」


 一気にテンションがあがったユリアナがマーガレットを抱きしめた。


「魔法が解けますね。マーガレット様!」

「魔法?え?」

「だって愛する者のキスですよね。マーガレット様もカリエダ卿を好きなんですよね?」

「好き?そうかしら」

「そうですよ。だから、どう接していいかわからなくて意識してしまうんです」

「……わからないわ」

「じっくりですね。これは焦ってはいけない案件です」

「案件?」

「サミュエル様に話さなきゃ」

「やめて。サミュエルに話すのは」

「……わかりました。でも既に知ってらっしゃると思いますけど」

「え?何?」


 ユリアナの後半の言葉は小さくて、マーガレットの耳には届かなかった。


「とりあえず、マーガレット様。これは女子トークしましょう。今度ぜひ、お茶に付き合ってください。美味しいお店を知っているのです!」


 食い気味にユリアナに言われ、マーガレットは頷くしかなかった。



 王妃のお茶会が終わり、招待状が届くようになった。

 子供であるとの理由で、マーガレットは日々断りの手紙を書く。筆跡を子供っぽく、拙く書くのが面倒だと思っていると、ユリアナからお茶のお誘いがきた。

 サミュエルにも背中を押され、二人で王都のお店でお茶を飲みに行くことになった。


「いってらっしゃい」

「いってらしゃいませ」


 サミュエルにもアリスにも笑顔で見送られ、馬車にのって目的のお店へ向かう。

 護衛はこっそり後ろからついてきている。

 

「ケーキが絶品なのですよ」


 馬車から降りて、足取り軽くユリアナが店に入り、その後にマーガレットは続く。護衛たちは店の前で待機だ。

 店内に入り、彼女は非常に会いたくない相手を発見する。ユリアナはその人の顔を知らないので、ぐいぐい奥に入っていき、マーガレットは彼女を止める機会を失ってしまった。

 ヘルナンデスが、老婦人と表現できる年齢の女性と共にお茶をしていた。


「これは、これは。王妃様のお気に入りの女の子ではないの」

「シュメリダ公爵夫人。こちらが噂の少女ですね」


 老婦人―シュメリダ公爵夫人が先に口を開き、それからヘルナンデスが続く。彼はマーガレットに視線を定め、ニタリと不気味な笑みを浮かべた。


「シュメリダ公爵夫人。先日はろくにご挨拶もできず失礼いたしました。私はハックス男爵の長女、ユリアナ・ハックスでございます。こちらはマリー。ご存じだと思いますがラナンダ伯爵の遠縁の少女です」


 ユリアナが挨拶を始め、マーガレットは我に返る。


「シュメリダ公爵夫人。お久しぶりです。マリーです」


 マーガレットはヘルナンデスを視界から追い出し、老婦人だけを見て挨拶をする。


(シュメリダ公爵夫人。お茶会ではそんな余裕がなかったけど、思い出した。この顔はシュメリダ公爵夫人よ)


 彼女は記憶の中からシュメリダ公爵夫人の噂を探り出した。

 以前一人で社交の場に出ていたマーガレットは、年齢の割に厚化粧で、華美なドレスを身につける公爵夫人を覚えていた。

 夫である公爵とは夜会などには仲良く出席しているが、夫婦でお互いに愛人を持っているという噂の人だった。


(トイル卿。まさか公爵夫人とお付き合いがあるの?)


 見たところ、他に人はおらず、二人きりでお茶をしている様子だった。


「シュメリダ公爵夫人。こちらのハックス男爵令嬢はラナンダ伯爵とお付き合いされているのですよ」

「ええ、もちろん。知ってるわ。ふうん。まあ、若くて可愛らしい人ね。マリーは、マーガレットによく似ているわ」

「そうですね。マーガレット様によく似てらっしゃいます」

「ふふ。あなたは以前マーガレットと婚約していたものね」


(忘れていたのに。思い出してしまったわ。トイル卿。私のことをばばあ呼びしたのに、今度は公爵夫人。節操がなさすぎだわ。しかも彼女は未亡人でもないのに。それにしてもなぜ名前で呼ばれているのかしら。不愉快だわ)


 マーガレットはすぐさまその場から逃げ出したくなった。

 けれども公爵夫人という身分の手前無礼はできない。


「立ち話もなんだから、一緒にお茶をしませんか?シュメリダ公爵夫人。よろしいですよね?」

「あなたがそう言うなら、そうしましょう」


 ヘルナンデスに問われ、真っ赤な唇を歪めて、シュメリダ公爵夫人は笑う。


(嫌な笑い方。でも断ると後が面倒そうね。ちょっとお茶を飲むだけよ)


 ユリアナとマーガレットは内心うんざりしながらも顔を見合わせて頷くと、お茶を一緒に飲むことにした。



 

 

 


 


 

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