第17話 聞いてはいけなかった事

「ジョセフ様。無事にマリーを送り届けていただきありがとうございます」


 翌日の朝、マーガレットはジョセフと共に領地を発った。

 一台の馬車にマーガレットとジョセフ、そして侍女アリスが乗り込む。宿屋で部屋を別々にとり一泊。それから半日ほどして王都に到着した。

 ラナンダ家で出迎えたのは、サミュエルと執事や侍女だった。旅疲れがあるだろうからと、玄関先で数言サミュエルが礼を述べて、ジョセフは帰ることになった。彼の馬は厩舎に預けられており、彼は馬で帰宅する。マーガレットは見送りもしたかったのだが、明日もジョセフが来ることになっているので、旅の汚れを落とすことを優先にした。


「母上。待ってましたよ!」


 湯浴み、着替えを済ませたマーガレットは息子によって捕獲された。

 ぎゅっと抱きしめられ、一瞬抵抗したが、震えていたので逆に背中を撫でる。


「何かあったの?」

「なんでもありません。やっぱり母上が側にいると落ち着きますね」

「サミュエル。あなたもう成人なのよ。しかも当主。母離れしないなんておかしいわよ。だいたい」

「わかってますよ。そんなこと」


 マーガレットが小言を言い始めようとすると、彼はすぐに彼女を解放した。


「お腹すいてるでしょう?たくさん用意させましたからね」

「……サミュエル。私は大食らいじゃないのよ」

「わかってます。ただ料理長も嬉しいのですよ。わかってください」


 信用のおける使用人にはマーガレットの事情を話しており、二十年近く屋敷につとめる料理長もその一人だ。


「後でお礼を言いたいわね」

「そうしてください。喜ぶと思います」


 二人は前のように少し小さめの長テーブルで食事を取る。

 向かいに座るのは当然で、話をしながら食事を進めた。


「ユリアナ様はいつ来られるの?」

「ユリアナは来週の王妃陛下のお茶会に出席するから、色々忙しいみたいです。お茶会が終わったらぜひ屋敷に来たいと言ってましたよ」

「そうなのね。王妃陛下の。大変そうね」

「はい。でも頑張ってくれるみたいです」

「本当にいい子だわ。ユリアナ様は」


(あの子なら、きっとサミュエルを幸せにできるはず。お互いに思いやる、義理の両親のような夫婦関係が築けるはずよ)


 そう思い、彼の安定した未来に胸を撫で下ろす。そして気になっていた事をサミュエルに問いかけた。


「ねぇ。サミュエル。ユリアナ様は本当に、私と一緒に暮らしてもいいって思ってるの?」

「はい」

「私が元に戻っても?」

「勿論ですよ。でも母上はきっとどこかに嫁がれるのですよね?」

「再婚はしないつもりよ。そうなるとやっぱり邪魔よね?」

「邪魔ではありませんから。結婚されないつもりならずっとここにいてください。ユリアナも母上と暮らすのを大歓迎してますから」

「本当に?私が元に戻っても?」

「母上。どうしたのですか?元に戻る方法が他に見つかったのですか?」

「いいえ。ただ、再婚を勧めたのは、あなたが結婚した後、私と同居したくないと思っていたからかと」

「どうして、そんな誤解を!僕はそんなつもりで勧めたわけじゃありません。信じてください」

「し、信じるわ」

「そうしてくださいね」


 サミュエルは明らかに傷ついた表情をしており、マーガレットは誤解したことを後悔した。


 ☆

 

 翌日、ジョセフが屋敷へやってきた。

 アリスによって今日も可愛らしいドレスを着せられ、マーガレットはジョセフと共に出掛ける。

 彼が連れて行きたいと言っていたのは、王都で一番大きく一般にも開放されているオーリッド花園だった。開放されていると言っても、気軽に行ける場所にはなっておらず、門番がいてふさわしい格好をしているか、どうか確認が取られる。それは同時に花園の安全性を考えた措置であった。

 結局、平民からすれば面倒な場所になり、訪れる者は貴族か裕福な商人層が多かった。

 オーリッド花園は季節によって見られる花々が異なる。

 マーガレットは、オーリッド花園に降り立った瞬間から、花々に魅了されていた。


「綺麗。連れて来てくださってありがとうございます」

「お礼などいりませんよ」


 前からオーリッド花園には興味があったのだが、夫シーザは彼女と出かけようとしなかったし、息子は花に興味がない。なので、来たいと思いつつ、今のいままで彼女は来たことがなかった。


「ゆっくり見てくださいね。私は後ろにいますから」

「ありがとうございます」


 子供の体に意識も釣られているのか、気持ちがウキウキして、マーガレットは花々を眺める。あっちこっちの花を行き来して、傍から見ると、可愛らしい幼女が楽しそうに花畑で遊んでいるようで、周りの見学者たちは目を細めて眺めていた。

 ジョセフも同様に眺めていたのだが、距離が開かないように着いていく。


「休憩しましょうか?」

「はい!あの、すみません。私一人ではしゃいでいたみたいで」


 侍女アリスがいれば小言の一言はあったかもしれないが、今日は二人きりのお出掛けだ。マーガレットは気持ちが向かうまま、行動していた。それは完全に幼女の体に心が引っ張られているのだが、彼女は楽しさのあまり、そんなことに気がつくことはなかった。

 花園内にある店で、軽食を取ることにして、二人は店に入る。

 マーガレットは果実のジュース、ジョセフは紅茶を、それからマフィンとサンドウィッチを頼んだ。


「ジョセフ様。本当に、連れてきてくださってありがとうございます。とても綺麗で、見ているだけで楽しいです」

「それはよかった。もしかして初めて来ましたか?」

「は、はい。お恥ずかしい話なのですが」

「全然。私も仕事以外で来るのは初めてです」

「お仕事、近衛騎士としてこられたのですか?」

「ええ。王妃陛下や王女殿下がこの花園がお好きなのです」


 一緒にいると優しい表情ばかりを最近みているが、ジョセフは近衛騎士であったとマーガレットは改めて思い出した。


「お仕事は大変ですか?」

「ええ。でもまあ、もう二十年ほど近衛騎士なので、慣れたものです。慣れてはいけないのですけどね」


 ジョセフは笑い、マーガレットも笑みを返す。


「マーガレット様。もし、」

「あら、カリエダ卿じゃありませんか」


 ふいにジョセフに話しかけるものがいた。

 二十代後半ほどの女性で、他にも数人の淑女の姿が見える。


「これはソイザナ子爵夫人。お久しぶりです」


(ソイザナ子爵夫人?見たことないわね)


「ええお久しぶりです。その女の子は、あなたのお子さんではないですわよね?」

「ええ。私の娘ではありません。友人の遠縁の子なのです。王都案内をしております」

「そ、そう」

「こんにちは。初めまして。私はマリーです。ソイザナ子爵夫人」

「ちゃんと挨拶できるわね。いい子ね。あら、あなたラナンダ前伯爵夫人に似てらっしゃいますね」

「はい。夫人は私の遠縁の方ですから」

「そうなのね。だから……。カリエダ卿。念願がかなったようですわね。私も一安心です」

「念願?」

「そうですわ。長年恋をしていたお相手がやっと自由になって、恋を成就させたのですわよね?純愛、素晴らしいですわ」

「成就?純愛?」

「ソイザナ子爵夫人。その話は後で」

「あら、まあ、ごめんなさいね。カリエダ卿。どうか私の主人には内緒にお願いね。こんなこと話したって知ったら怒ってしまいますから」


(こんなこと?主人というと、ソイザナ子爵とジョセフ様が知り合いなのね。なんの話をしているのか、後で聞いてみよう)


「それであれば夫人。もうご容赦ください」

「ええ。ごめんなさいね。私はこれで。マリーちゃんもまた、そのうちいつかお会いしましょう」


 ソイザナ子爵夫人は淑女の礼を取り、その友人達も軽く会釈すると店を出ていった。


「ジョセフ様。私に具体的に何を話していたか教えていただけますか?」

「いや、あの。えっと」


 ジョセフは動揺して目を泳がせており、マーガレットの問いに答えられそうもなかった。


「近衛騎士隊内で知られているというのは本当だったのか。まさか、夫人にも話しているなんて。私に直接聞けばよかったものを」


 けれども一人でぶつぶつ文句を言っているので、彼女は納得行かない。


「話してくれるまでここを離れませんから」


(なんだか私抜きで話をしているみたいで、気持ちがムカムカする。私だけのけものにされたみたいで。しかも、私、マーガレットのことを話していたわよね)


「……本当はゆっくり話すつもりだった。時間をかけて。でももう言ってしまったほうがいいかもしれない。案外私も気が長くなかったみたいです」


(また、私にはわけわからないことを言って。言いたいことがあればはっきり言ってもらったほうがいいのに)


「私は、マーガレット、君のことが好きなんだ。二十七年前、孤児院で君に出会った時から。ずっと。拗らせていたというのはそういう意味なんだ。私はずっと君だけを想っていた。あれ以来会ったこともなかったのに。十九年前、君の社交界デビューの時、私は何もかも放り出して君に声をかけるべきだった。だけど、私は仕事を優先した。勇気もなかったしな」

「そ、そんなの当たり前です。仕事を優先。当たり前……。私は、あなたのこと、ずっと忘れていた。思い出すこともなかった。アスハラの丘で話してくれて、やっと思い出したくらいです。でも、私のことを想ってくださってありがとうございます」

「……礼なんていらない。ただ私は想っていただけだから」


 ジョセフは真っ直ぐマーガレットを見つめていて、その瞳は逃さないとばかりに獰猛な光を帯びていた。


「私は今も、君のことが好きだ。欲をいえば、私が君の魔法を解きたいと想っている。だが、君は私のことを友人とくらいにしか思っていないだろう?」


 マーガレットは彼の問いに答えられず、逃げるように視線を逸らした。


「だから時間を置きたかったのです。マーガレット様。疑問は解けましたか?」


 彼も同様に視線を逸らし、口調を変えて、彼女に問う。


「は、い」


 無理に聞かなければよかったと、マーガレットはその時ひどく後悔した。





 

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