第16話 王都へ行こう

 ジョセフが王都へ戻り、マーガレットに静かな日々が戻ってきた。

 やはり孤児院の道を諦めきれない彼女は、孤児院に通う。そこで、彼女は孤児院の実態を知ることになり、手伝いを申し出た。

 八歳の幼女だとほぼ戦力にならないし、領主の関係者であるので、孤児院側は断りを入れた。それにもかかわらず、通っていたら、とうとう押しに負けて、彼女は定期的に孤児院に通うようになった。

 シルベルトやカロリーナが毎回同行するわけにもいかないし、領主関係者が来るとなれば落ち着かない。

 なので、マーガレットはアリスと護衛の者二人を連れて、孤児院に通う。

 護衛は力持ちなので、力仕事などを孤児院で手伝い、戦力的にはマーガレットより頼りにされていた。

 アリスも同じく、料理が作れるため、孤児院でお菓子を作ったり、重宝される。


「ああ。私だって元の姿に戻れば、料理も手伝えるし、掃除だってもっとちゃんとできるのに」


 結局、マーガレットができることと言えば、まだ文字が読めない子のために本を読む、一緒に遊ぶ。そんなことばかりだった。おかげで、体力のある子に付き合わされ、屋敷に戻る頃にはへとへとになって、食事をとったらすぐに眠りに落ちる。

 子どもらしいのか、どうなのか、マーガレットの日々はそうして過ぎていった。


「さあ、今日はこれを着ましょう」


 ジョセフが迎えに来る日、カロリーナが張り切って可愛らしいドレスを持ってきた。


「これは、あまりにも」


 今までで最高に少女趣味のドレスがマーガレットの目の前にあった。

 色は桃色、フリルがたくさんついていて、背後に大きなリボンだ。


「これは流石に……」

「大丈夫よ。似合うから絶対に」

「マーガレット様。きっとお似合いになります。こんなドレス、元に戻ったら二度と着れないですよ」


 カロリーナから絶対的な意志を感じ、アリスから『元に戻ったら二度とこのようなドレスを着ないだろうから、着てください』と心の声が聞こえてきた。

 頷く以外に選択肢がないマーガレットは諦めた。

 着替えを済ませると、シルベルトがやってきて、抱き上げられそうになり、カロリーナが止める。


「ドレスが皺になってしまいます!目的を達するまではダメですよ」


(目的とは?)


 カロリーナの言葉の意味を考えながら待っていると、ジョセフが到着した知らせが届き、皆で出迎えることになった。

 今回はマーガレットも一緒に戻るということで、彼はラナンダの屋敷から馬車を借りて来ていた。

 マーガレットの王都での宿泊先はもちろんラナンダの屋敷になる。

 出発は翌日なので、馬車は一旦厩舎に預けられた。


「待ちに待ったこの時がやってきたな」

「シルベルト様」

「さあ、先に湯浴みをして着替えてくださいな」


 義理の父は含みのある言い方をして、ジョセフの眉間に皺が増えた。それを見てカロリーナが場を取り持つように言う。


「あの、ジョセフ様。来てくださってありがとうございます。久々の王都楽しみです」

「そうですか。それはよかった」


 幼女化してから、体が意識に引っ張られるせいか、全然淑女らしくない挨拶しかできない自身にマーガレットはがっかりしていたが、ジョセフが嬉しそうなので安堵する。


「ジョセフ。このドレス可愛いでしょう?お人形さんみたいよね」

「あ、そうですね」


 今気がついたとばかりジョセフはマーガレットの全身を眺めていた。

 その視線がちょっと恥ずかしくて、彼女は思わず俯く。


「あらあら。マリー照れちゃって」


 玄関先のやりとりなので、マーガレットはマリーとして扱われる。

 カロリーナは微笑みながらそう言い、マーガレットはますます恥ずかしくなってしまった。


(ばばあと呼ばれた私が、なんていうか恥ずかしいわ)


 そっと見上げるとジョセフが優しい目で彼女を見ていて、胸がざわざわした。


(私は幼女。今は幼女。ジョセフ様が優しいのも私が幼女だからよ)


 久々にそんな呪文を唱え、マーガレットはジョセフを屋敷に招き入れた。


 ☆


「やはりこのドレス、おかしいですよね?」

「似合ってますよ」


 湯浴みを終え、着替えたジョセフと共に昼食を取ることになったのだが、シルベルトとカロリーナは教会に用事あるとかで、いなくなってしまった。

 それで二人だけの食事になったのだが、マーガレットは一番最初にそう聞いてしまった。

 ジョセフは驚いた後に、にっこり笑って答える。

 普段は険しい顔をしている彼だが、一緒にいると優しい顔を見せてくれる。マーガレットはそれを自分が幼女の姿だからだと思い込んでいた。


「本当の年齢を考えたら、こんな可愛らしいドレスなんて恥ずかしく着れないのですけど」

「どうしてですか?きっと元の姿の君が着ても似合うと思いますよ」

「絶対に似合いません。ばばあですから」

「……ヘルナンデス。絞め殺す」

「え?絞め殺す?」

「なんでもありません。マーガレット様が元の姿に戻るのを私は楽しみにしているのですよ」

「本当ですか?」

「はい」


 剣呑ではないが、真剣な瞳に見据えられて、マーガレットは少し怖くなってしまう。


「すみません。怖がらせるつもりはなかったのです。でも、本当に、私は楽しみにしていますから」

「……ありがとうございます」


 幼女になり可愛がられているのは嬉しい。けれども、こうして元の自分の姿のことを思ってもらえることは、年齢を重ね生きた自分を肯定される気がして、心地良かった。





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