第14話 元に戻る方法はやはりアレでした。
「昨日は失礼いたしました」
翌日、ラナンダの屋敷を訪ねると顔色のよいサミュエルに出迎えられた。
ジョセフには結局彼の意図がわからなかった。
けれども昨日の落ち込んだ彼を放って置くこともできなかったので、自分自身の意志を伝えることにしたのだ。
「大丈夫か?」
「はい。ご心配かけました。ジョセフ様はこれからどうするつもりでしょうか?」
サミュエルは前置きもなく、聞いてくる。
「私は、ラナンダ前伯爵夫人、マーガレットのことが好きだ。愛しているといっても過言ではない。だが、彼女は違う。私のことをほとんど知らないだろう。まずは私のことを知って、もし愛を返してもらえるようなら、元の姿に戻る手伝いをしようと思う」
手伝いとはキスのことであるが、ジョセフはあえてそのようないい方をした。
「そうですか。それは嬉しいです」
本当にそう思っているようで、サミュエルは朗らかな笑みを浮かべていた。
「だが、私は彼女の世界を狭めたくない。せっかく幼女になって人生をやり直す機会を得たのだ。色々見て学び他に好きな男性ができれば、その男に魔法を解いてもらえればいいと思う。また、そのような相手がいなければ、彼女は自分の人生を楽しく歩めばいい。君もずっと彼女を見守るのだろう?」
「もちろんです。僕の母上ですから」
「それなら、決まりだな」
「はい。母上には元に戻る方法のみを伝え、父の手紙のことを黙っているつもりです」
「それがいい。知ってしまうとショックを受けるだろう」
ジョセフもサミュエルも、マーガレットの本当に気持ちを知らない。
シーザのことを想っているのであれば、あの手紙に書かれた事実が酷すぎた。
「君は大丈夫なのか?本当に」
「はい。僕は手紙を読む前から知ってましたから」
「な、なんと」
「近衛騎士が話しているのを聞いたんですよ。副隊長の初恋の人。拗らせたとか。それで僕は父の行動を合わせて、想像したのです」
「近衛騎士?!いや、知られていたのか」
「近衛騎士内の話だと思いますよ。そうでなければ僕や母の耳に届いていたはずです」
「そ、そうか」
(知られていたなんて、恥ずかしいな。まあ、冷やかしてきた奴はいなかったし。いいのか。それよりもサミュエルは本当に大丈夫なのか)
彼の視線に気がついたようで、サミュエルは微笑む。
(顔形はシーザそっくりなのに、微笑み方はマーガレットと一緒だ。思えばマリーの微笑みも一緒だった。遠縁だから似ているのだと思ったが本人だったとは)
「あなたが私の義父になってくれること、期待しています」
「それは、ラナンダ前伯爵夫人次第だ」
「ジョセフ様。母のことはマーガレットとお呼びください」
「……いいのか?」
「まあ、母にも聞いてみましょう」
「そうしたほうがいい」
(マーガレット、そう名を呼ぶ日がくれば嬉しいが)
そうして二人は今後の予定を立て、数日後に再びマーガレットに会うために領地へ共にいくことになった。
☆
「アリス。サミュエルがジョセフ様と一緒に領地に戻ってくるみたいだわ」
「よかったですね。マーガレット様」
二人とユリアナが王都に戻ってから二週間が経過していた。その間、マーガレットは図書館に通い詰め、若返りの薬について調べた。
わかったことは、やはり魔女が作った薬の可能性が高いこと。
そして魔女の薬には魔法が含まれていて、すべての魔法は真実の愛のキスで解けるということだった。
「何か成果があればいいのだけど」
「なくてもよろしいじゃないですか。私は幼女のマリー様が好きですよ」
「元の私は好きじゃないの?」
「勿論、元のマーガレット様のことはもっと好きですよ」
「ならよかった」
そんな会話を笑いながらする。
二人の訪問が屋敷内に伝令され、迎える準備が進められ、三日後にサミュエルとジョセフは馬に乗ってやってきた。
「今度はちゃんと先触れを出しましたからね」
「当然です」
偉そうに言うサミュエルに答えるマーガレット。
それだけで雰囲気は和らいだものになった。
応接間に再び集まった面々。
前回と違うのはユリアナがいないだけだ。
さすがにまだ婚約をしていないため、今回また軽々しく同行させるわけには行かなかった。
しかも馬車よりも馬で移動するほうがサミュエルたちは楽なので、今回は二人だけで馬を駆ってきたのだ。
「僕は仕事を残しているので、明日戻る予定です。なので、今王都で、調べたことを話しますね」
サミュエルはそう前置きして話す。
アリスの調査結果と同じで、商人の足取りが不明なこと。
今回の薬には魔女は関与しているが、魔女の行方はわからない。しかし解く方法はわかっているということ。
「愛する者からキスです」
サミュエルが方法を口にすると、奇妙な沈黙が訪れた。
すぐに我に返ったのはマーガレットだ。
(え?ちょっとまって、サミュエルに試したわよね?私)
「母上の言いたいことはわかります。ええ。これは、親愛ではない。恋人の、という意味の愛する者からのキスです」
「え?」
「ロマンチックね」
再び呆然としてしまったマーガレットに対して、夢見る発言をしたのは義理の母のカロリーナだ。
「御伽話みたいだわ。愛する者からのキス。真実の愛のキスね」
(……確かにそうですけど、当事者からしたらなんとも言えないのですが)
義理の母にツッコミをいれるわけにもいかず、マーガレットは黙ったまま。
他の面々も何も言わず、微妙すぎる空気が流れた。
「まあ、焦ることはないだろう。解く方法がわかったし、マーガレットはまだ幼女のままなんだから。ゆっくりと方法を模索すればいい」
シルベルトがもっともらしく発言したのだが、マーガレットは結局問題が解決されていないと頭を抱える。
(迷惑をかけたくないから、元に戻って修道院に入りたかったのに)
「母上。僕はあなたの考えがわかっていますよ。母上は十分僕やラナンダ家のために尽くしてくれました。今は僕たちに甘えて、子供時代を楽しでください」
(そう言われても……)
「僕は明日戻ります。ジョセフ様はしばらくこちらに残られるのですよね」
「ああ。まだ乗馬の練習が残っているから」
(あ、忘れていた。でも休みはいいのかしら?)
「そうだったな。ジョセフ。ゆっくりして行きなさい。マーガレットも深く考えず、毎日楽しく生きればいいのだ」
「はい……」
(そう言われても……)
返事をしながらも、マーガレットは納得できない気持ちでいっぱいだった。
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