第12話 シーザの手紙

 私の愛する息子へ


 手紙はその言葉から始まっていた。


 ジョセフは真っ直ぐ家に戻り、着替えるのも忘れ封筒を開けた。

 騎士学校に入学してから、カリエダ家には休暇で帰るだけで、彼は寮に住んでいた。卒業してから十年前まで独身の騎士が住む宿舎に住んでいたが、近衛隊の副隊長になってから家を借りるように隊長から圧力をかけられ、仕方なく適当に小さな家を借りた。

 使用人は年老いた夫婦で、カリエダ家を退職した者に住居を提供するついでに、家事もしてもらっている。彼の実母のメイド時代も知っており、カリエダ家の養子になった時も一番最初に親切にしてくれた使用人たちで、信頼を置いていた。


「ジョセフ様。手ぐらい洗ってください」


 主人の焦った様子に苦笑しながら、桶に水をいれてオリバーがやってくる。ジョセフは手紙を机に置くと、ささっと手を洗い、差し出された布で手を拭く。それからすぐに手紙の続きに目をやった。


「ラブレターですか?それにしては古い感じですが」

「おやまあ、オリバー。お前さんは暇なのかい?旦那様の邪魔だよ」

「キャロル。別に邪魔なんか」

「ほらほら、私の手伝いをしてちょうだい」


 使用人夫婦の力関係は歴然だ。キャロルが完全に夫のオリバーを尻に敷いていた。

 集中したかったので、キャロルに感謝しつつも、手紙を再び読み始めた。




 今頃、お前は慌ててるかもしれないが、屋敷で見かけた幼女はお前の母親のマーガレットだ。顔をみればすぐわかるはずだ。

 俺は、長らくラナンダ家を支えてくれたマーガレットに礼をしようと思って、若返る薬を魔女に作ってもらった。

 若くなるといっても数年単位ではない。

 幼女にまで体が戻る。

 だから人生のやり直しが可能だ。

 俺は、マーガレットに新しい人生を送ってもらおうと思った。

 優しいだろう?

 だが、注意事項がある。

 もしマーガレットがうっかり愛した男にキスされたら、魔法が解ける。

 若い娘だったマーガレットが突然ばばあになったら、それはびっくりだろうな。

 だから、サミュエル。お前はしっかり母親の面倒をみて、いい男を探してやれ。

 お前ならできるだろう。


 俺はある男に復讐したくて、マーガレットを妻にした。手を出すつもりはなかったんだが、うっかり抱いてしまい、お前ができた。俺そっくりでびっくりした。その後色々な女を抱いたが、子供がうまれなかった。不思議なものだな。

 まあ、跡取りができたのはいいことだ。

 俺が死んだ後、マーガレットはきっと幸せになるだろう。 

 魔女と取引したから、俺はそのうち死ぬことになる。

 後悔はしていない。

 やりたいことはやった。

 あいつの吠え面もみてやったし。


 だが、俺はあいつが未だに嫌いだ。近衛副隊長だと?ふざけるな。

 俺は絶対にあいつに幸せになってほしくない。

 だからサミュエル、あいつにだけは、マーガレットを近づけるな。

 最後の親孝行をしてくれるよな?

 こんな親でも、親には間違いないからな。


 父シーザから、愛を込めて。



 自分勝手な手紙だった。


「……そういうことだったのか」


 ジョセフの口の中はカラカラに乾いており、口から出た声はしゃがれていた。

 騎士学校で、同室だった時、ジョセフは彼にマーガレットのことを話したことがあった。名前は出していない。ただ孤児院に訪問してきた女の子のことをずっと想っていると、話しただけだった。


(もしかしたら、酒も飲んでたし、もっと話してしまったかもしれない)


 二十年以上前の話で記憶は曖昧だった。


(でも、だから、彼女の社交界デビューで、私が彼女に見惚れた時、シーザは気がついたんだ。私の初恋の相手がマーガレット様だと。ならばシーザは私に当て付ける為だけに求婚したのか?)


 ジョセフの脳裏にサミュエルの泣き顔が浮かぶ。

 シーザの手紙の中で、サミュエルのことを息子だと書かれていたが、そこに愛情のかけらも見いだせなかった。

 ーーある男に復讐したくて、マーガレットを妻にした。

 ーーうっかり抱いてしまい、お前ができた。


(……私のせいか?私への復讐。復讐もなにも私は彼に何をしたのか、それすらもわからないが。だが、シーザは私のことを憎んでいた。だから、こんな……)


 マーガレットは愛されない妻として、十九年もの間生きてきた。

 愛する息子が側にいて、使用人たちに慕われていても、社交の場に出れば嫌な視線にさらされる。噂好きの令嬢や夫人たちに面白おかしく話されることもあっただろう。

 シーザがマーガレットに指示していたのか、ジョセフが護衛を務める時、お茶会や夜会でマーガレットの姿を見ることはなかった。

 なので、これらはジョセフの想像でしかない。けれども間違っていないと確信が持てた。


(もし、私がマーガレット様のことをシーザに話さなければ、彼が彼女に求婚することもなく、愛し愛される結婚生活が送れたかもしれない)


 そう思うと、その相手が自分でないことに軽い痛みを覚えるが、シーザに冷遇されてきたマーガレットのことを思えば、その痛みは蚊に刺された程度のものでしかない。


(だが、そうであれば、サミュエル様はこの世に誕生していない)


 ジョセフはラナンダの屋敷で見た、泣きそうな顔のサミュエルを思い出す。


(シーザ。君はなんてことを。私が嫌いなら私に対してだけ行動を起こすだけでよかったのに。マーガレット様もサミュエル様も)


 特にこのような手紙をサミュエルに送ること自体が常軌を逸していた。


「私は、どうしたらいいんだ」


(サミュエル様はなぜこの手紙を私に。やはり恨んでいるのか?私のせいだから。いや、そうではない。サミュエル様はそんなことを思って私にこの手紙を渡したわけじゃないだろう。彼の意図は?考えるんだ)

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