第11話 ジョセフ・カリエダ
三週間ほど前。かつての友であったシーザの領地で、その奥方マーガレットが静養のため滞在してると聞き、ジョセフは休みを申請して急かされるように馬を走らせた。
近くまで来たので寄ったという理由を疑う事なく、シーザの父は彼を受け入れてくれた。
十一歳の時に、ジョセフは実父のカリエダ家に引き取られた。すでに実父は亡くなっており、義父になったのは異母兄だった。兄は結婚しており、妻との間には長いこと子供ができなかった。けれどもジョセフが十三歳の時に彼の甥、義理の弟が生まれた。
これを切っ掛けに元からカリエダ家を継ぐつもりがなかった彼は、翌年騎士になるため騎士学校へ入学した。義理の両親たちは心配していたが、彼は騎士になりたいと夢を語り、説得した。
騎士になりたいと思ったのは、マーガレットの影響だった。
孤児院で彼女は騎士の話をしてくれ、ジョセフは彼女を守れるくらいの男になりたかったのだ。
騎士学校には平民はいなかった。
貴族最下位の男爵子息であり、しかも孤児院育ちであるジョセフは子息たちの鬱憤をはらすための、格好の餌食になった。けれどもこの時のジョセフは孤児院で暮らしていた時と異なり、強い意志があった。しかもカリエダ家の養子になってからは、体の鍛錬を始め、護衛たちにも剣を教えてもらっていた。
なので、やられっぱなしではなかった。
それに、同室になったシーザがジョセフと貴族たちの間に入り仲裁したりしてくれたので、虐めは徐々に収まっていった。
シーザはジョセフにとって親友とも呼べる友だったのだが、卒業し、ジョセフが近衛騎士に指名されてから、関係が変わってしまった。
その前から、シーザは繁華街で他の貴族たちと遊び歩くことが多くなり、ジョセフは彼の遊びに付き合えなくなりつつあった。けれども長期の休暇には、彼の領地に誘われ、そこで狩りなどを一緒に楽しんでいたのだ。
ーーお前なんか、俺のずっと下でいいのに!なんで、栄えある近衛騎士にお前だけが選ばれるんだ!男爵庶子のお前が!孤児院育ちのお前が!
怒りを爆発させてシーザがジョセフを罵り、それから二人の関係は冷え切り、会うこともなくなった。
王族を守る近衛騎士になったジョセフは、夜会などで彼を見る機会があった。けれどもシーザは視線すら合わせなかった。
マーガレットの社交界デビューの日も、ジョセフは近衛騎士として王の側に控えていた。
彼女のことを忘れたことはなかった。けれども、覚えてないだろうと思い接近を試みることはなかった。
社交界デビューの日は、王へ挨拶を許される。
彼女もその一人で、王の近くで彼は彼女の可愛らしい姿を目にすることができた。
あれから八年経っており、マーガレットはすっかり少女から娘になっていた。女性らしい丸みを帯びた体型に、初々しい白色のドレス。簡素であったが、可憐な令嬢という出立ちで、男性の目がちらちらと彼女に向けられているのをジョセフは感じていた。
願わくば、彼自身、彼女に声をかけたいと思いながら、近衛の仕事に徹しようとした。
そんな中、彼女にすぐさま求婚者が現れた。
遠目でも彼にはそれが誰かわかった。
シーザ・ラナンダ伯爵子息。
彼の友人だった男だ。
女性経験が豊富な彼は、顔立ちもジョセフと異なり整っている。姿だけみれば、近衛にふさわしいのは彼だろう。洗練された仕草、女性なら誰もが彼に憧れを抱く。
なぜ、彼がマーガレットに?
王の側に控えながら、ジョセフは親しげにダンスをする二人に釘付けだった。
「ジョセフ様。足をお運びいただきありがとうございます」
あれから十九年、ジョセフは友人だった男にそっくりな青年と対面している。
サミュエル・ラナンダ伯爵。
初恋の子マーガレットと、友人だった男シーザの息子だ。
「サミュエル様。お招き頂きこちらこそ感謝してる。この屋敷に来るもの久々で懐かしいものだ」
一週間ほど前にあったばかりなのだが、ラナンダの領地から王都へ向かう途中、共に宿に泊まり、酒を酌み交わしたりしてお互いの遠慮がなくなり、口調はかなり打ち解けたものになっていた。
「何か変わったところはありますか?」
「わからないな。随分前のことだから。どこも変わっていないように見える」
「そうですか。それならよかった。母上はこの屋敷をそのままの形で維持することを望み、椅子など壊れても同じ形のものを仕入れていたようです。僕も母の方針に従うつもりなのですよ」
「なるほど」
相槌を打ちながらも、ジョセフは別のことを考えていた。
彼がシーザを訪ねてこの屋敷にきた時は、シルベルト夫妻が出迎えてくれた。あの二人は自身の養父母と同じく明るくて優しい夫婦で、一緒にいるだけで和やかな気持ちに慣れた。
その雰囲気は今も変わっていないようで、マーガレットの努力が窺われた。
(だが、シーザは家に帰らず、別邸を持っていた)
噂など聞きたくもないが、近衛をしていると耳に入ってきてしまう。
二人の冷え切った夫婦生活を知り、歯痒い気持ちになるが、彼には何もできなかった。シーザが事故死した際に広がった噂に関しては、とうとう我慢できなくなり、仕事以外の場で噂をする者たちを注意して歩いた。
「ジョセフ様?」
「すまない。なんだったかな?」
ジョセフは考えに没頭していた自分を恥じ、目の前に座るシーザとマーガレットの息子サミュエルに問いかける。
顔立ちはシーザにそっくりだが、その性格はマーガレットに似たようだ。
「商人の行方について、何かわかりましたか?」
「国外に出たことまではわかるのだが、その後まるで煙のように消えている」
「ジョセフ様が調べても同じでしたか」
商人は、この屋敷でマーガレット相手に商売した後、すぐに国を出ていた。そして行方を眩ませていた。まるで魔法を使ったように国境からの情報が消えているのだ。
「おかしな話だ。本当に」
彼は使える伝手を全て使い探してみたが、何も出てこなかった。
「まさか、隣国が関わっているのか?」
「それはないと思います。あなたがそこまで調べられないなら、父の手紙は本物かもしれないですね」
「手紙?シーザが手紙を残しているのか?マーガレット様に関わることか?」
「ジョセフ様。あなたは、父がなぜ母に求婚したのか、知っていますか?」
サミュエルは彼の問いに答えず、質問を返した。
突然の問いにジョセフは言葉を詰まらせる。
「昨日、私の元へ父から手紙が届きました」
「シーザは生きているのか?」
「違います。私が成人してから三ヶ月後に届くようにしてあったようです」
「そんなこと……」
戸惑う彼にサミュエルが黄色味がかった封筒を見せる。
「読み終わって妄想だと信じたかったです。それくらいおかしな内容です。けれども、母上が幼女に変化した今、これは事実なのでしょう」
「な、何が書かれているのだ」
「あの薬は魔女の薬です。父が魔女に頼んで作ってもらった薬らしいのです。それを僕が成人した後に母に渡される手筈になっていたようです」
「なぜ、そんなことを?」
「読んでもらえればわかります。僕から伝えるより、読んでいただけたほうが。これは母には知られたくないです。あまりにも酷い。僕は知ってましたけど、それでもショックを受けましたから」
サミュエルが目を伏せ、今にも泣きそうな顔をしていた。
「サミュエル様」
気がつけばジョセフは彼を抱きしめていた。
「何が書かれているかわからないが、泣くなら私の胸を貸してやる」
「いいえ。僕には泣く権利はありません。手紙を読んでください。それでは」
サミュエルは立ち上がり、部屋から出ていく。
追いかけたかったが、年長の侍女が首を横に振り、ジョセフは諦める。
受け渡された手紙を抱え、彼はラナンダの屋敷を後にした。
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