第10話 元に戻りたい


 サミュエルとジョセフが挨拶をし、それからユリアナが紹介される。


「カリエダ卿は父とは友人だったようですね。父から話を聞いたことがあります」

「そうなのですね」


 (え?話を聞いたことある?私はないのに?あったとしても非難がましい言葉とかだった気がするわ)


  ジョセフの話どころか、夫シーザが息子のサミュエルと話をする場面をマーガレットはほとんど見たことがなかった。


(私が見ていないだけで、二人は話をすることがあったのかもね)


 父と子の間はわからないとマーガレットは勝手に納得していた。

 サミュエルは外見はシーザによく似ており、黒髪に緑色の瞳の整った顔だ。


「ラナンダ伯爵は、本当によくお父上に似ていますね。シーザの学生時代を思い出します」

「ええ。本当は母に似たかったのですけどね」


 サミュエルの返しに、ジョセフは苦笑で返す。


「カリエダ卿は、父と一緒にこの領地によく遊びに来ていたようですね」

「はい。懐かしい思い出です」


 ジョセフは遠い目をしながら答え、マーガレットは少し寂しく思った。


(本当は何があったのかしら?二人の間で?お義父(とう)様はシーザが近衛騎士になったジョセフ様に嫉妬したと言っていたけど。それで関係が悪くなった。それだけで?)


「……私は父に感謝しています。母に求婚してくれたおかげで、私はこの世に生を受けることができたので。でもそれが母の幸せだったのかと思うと、悲しくなりますね」

「そんなことはないわ。サミュエル」


(勘違いもいいところよ)


 マーガレットは驚くジョセフをまったく視界にいれてなかった。

 見ているのは息子サミュエルだけ。

 確かにシーザとマーガレットの間に愛情はなかった。

 けれどもサミュエルを身籠った時、マーガレットは本当に幸せで、生まれてくるのが楽しみだった。サミュエルを愛(いと)しく想い、その幸せを願い育ててきた。

 なので、彼女はサミュエルがそんな風に思うのが寂しかった。


「サミュエル。私はあなたを愛しているわ。あなたが私に幸せをもたらしたのよ。私にはそれで十分なの」

「母上……」


 サミュエルはマーガレットの言葉に涙ぐんでいた。


「……母上?」


 突然始まった母子劇場。シルベルトたちは微笑ましく見守っていたのだが、一人だけ冷静だった。それはジョセフで、サミュエルの言葉を繰り返す。


(あ!まずいわ)


 それで一気に周りは思い出した。

 この場に部外者のジョセフがいたことを。実際ユリアナも部外者なのだが、彼女はすでに事実を知っているので除外する。


「ああ。ははは。マーガレット様ならそう思うと思いまして」


(間に合え、そう。勘違いして)


 そう願って、マーガレットは誤魔化すように笑いながら言葉を紡ぐ。

 しかし、彼は誤魔化されなかった。

 眉間の皺が増え、剣呑な視線をマーガレットに向ける。


「君、君がラナンダ前伯爵夫人なのか?」

「そ、そんなことあるわけないじゃないの!」


(否定、否定よ。認めたら終わりだわ)


「……だから、こんなに似ていたのか」


 しかしジョセフは勝手に納得していた。


「違うの。違うの。私はマリー。マーガレットの遠縁のマリーよ!」

「マーガレット。もう無駄だ。話してしまいなさい」

「そうですよ。母上」


(もう!なんで、お義父様も、サミュエルもバラすのよ!)


 カロリーナが、ユリアナが誤魔化しに加担してくれないかと視線を向けてみたが、二人とも苦笑するだけだった。


「ラナンダ前伯爵夫人、話してくれないか?どうして君は、小さくなったんだ?」


 ジョセフに直球で聞かれ、マーガレットもとうとう諦めた。


「もう誤魔化されてくれないのね。いいわ。話すわ」

 

 そうしてマーガレットは魔法の薬、若返りの薬で幼女化したことを話した。

 その際、サミュエルが薬を飲んだ動機について、ヘルナンデスのことも話してしまい、マーガレットはその場から逃げ出したくなってしまった。けれども、ジョセフが嘲るような表情を浮かべなかったので、胸を撫で下ろした。この際と、ついでに彼女は今後の予定を話すことになる。


「反対です!」

「マーガレット。ダメだぞ」

「なんてことを考えてるの?」


 公式にマーガレットが修道女になったとして、田舎の修道院、できれば孤児院を併設するところへ自分を預けてくれないか、と話したところ、サミュエル、シルベルト、カロリーナから反対の声が上がった。


「でもこれ以上この地に留まるのは迷惑になると思うのです。マーガレットが静養しているという嘘もそのうちバレると思いますし」


(使用人たちも気が付いているかもしれない。緘口令を敷いたとしても、きっと外に漏れるのは時間の問題)


「それなら、母上が公式に修道院に入ったということにして、小さくなった母上をマリーとして養子に迎え入れます」

「おお、サミュエル。その案に私も賛成だ」

「いいわね。でも、暮らす場所はここよ」

「なぜですか?僕の娘になるのですよ!」

「待って、待って、どうしてそんなことになるの?私はいやよ」


(息子の養女になんて、とんでもないわ。これから生まれてくる子供にも悪影響だわ。ユリアナ様も嫌でしょうし)


 ちらりとユリアナを見るが、彼女は嬉しそうに顔を輝かせていた。


(あら?)


「サミュエル様と結婚した暁には、このような可愛らしい娘ができるのですね!サミュエル様、早く結婚したいです!」

「そうか。それでは、婚約をすっ飛ばして結婚する?」

「な、何をいうの。サミュエル!」

「それはいかんぞ。サミュエル。そうだな。お前じゃなくて、私たちの養女にマーガレットを迎えるとしようかな。それなら、今すぐにでも手続きをしてしまおうか」

「お義父様!」


(どうして今度はそんなことに!)


 場は混乱を極めていた。

 そこに静かな声が割り込む。


「皆さん。私はずっと疑問に思っているのだが、どうして、ラナンダ前伯爵夫人を元に戻すことを考えないんだ?」


 ジョセフは心底不思議そうに、マーガレットたちを見ていた。


 ☆

「それでは元に戻る方法を私も探します。まずはその商人の行方を全力で追います」


 ジョセフの疑問は正しく、マーガレットは以前商人を探そうとしたが国外に出ており探せなかったことを伝えた。

 それであればと、彼が商人探しを再びしてくれることになった。

 サミュエルとシルベルトたちは反対こそしないが、賛成もしない。

 けれども、マーガレット自身は元の姿に戻り、修道院に入ることを望んでいた。幼女になり可愛がってくれることは嬉しいが、彼女は大人だ。無邪気に喜んでいられなかった。

 

「私もカリエダ卿に協力する」


 サミュエルも最後にはそう言って、ジョセフと共に王都に戻ることになった。

 もちろんユリアナも一緒だった。


「サミュエル。元に戻ってから婚約の手続きをしましょう?ユリアナ様のご実家にも挨拶にいかねばならないでしょう?」

「はい」

「ありがとうございます。マーガレット様」


 サミュエルは少しだけ不服そうに、ユリアナもお礼を述べているが本心からではなさそうだった。


「二人とも待てないかしら?そうなるとお義父(とう)様たちに頼んで」

「いいえ。待ちますとも。でも母上。もし元に戻れなかったら、養女にしますからね」

「マーガレット様。私は娘が欲しいのです。あなたのように可愛らしい」


(え?え?)


 二人の反応が微妙だったのは、マーガレットの幼女姿を気に入っているからだった。できれば元に戻らず、養女にしたいという思いがサミュエルから伝わってきて、マーガレットは戦いてしまった。


「サミュエル。わ、私は元に戻りますから」


 動揺しながらそう言うと、よく通る声でジョセフが後方から援護してくれる。


「ご安心を。私が全力を尽くしてあなたを元の姿に戻す」


 そうしてサミュエルは、ジョセフの勢いに押される形で翌日王都に戻っていった。


「……乗馬の訓練」


 一週間の約束だったのだが、ジョセフはマーガレットのために早々と王都にもどってしまった。


(まあ、いいわ)


 元の姿に戻るのが最優先事項だった。

 

(元に戻るのが一番いいのよ。今度こそ修道院に入って静かに暮らそう)


 そう思っているのに、なぜかチラつくのはジョセフの顔だった。


(そういえば、私がマーガレットだと分かってから、きちんと話していないわ。孤児院の思い出とか。まあ、いいわ。きっとまた来てくれる)


 王都ではサミュエルとジョセフが商人の行方を探してくれる。

 マーガレットは自身ができることをしようと、元に戻る方法を探すため、屋敷内の図書室に向かった。



 


 



 

 

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