第4話 領地にて
「可愛い。このまま領地につれていきたい」
「サミュエル。あなたは当主の仕事で忙しいでしょう?マーガレット、いえマリーの面倒は私たちが見るわ」
翌々日、マーガレットの義理の両親で、サミュエルの祖父母が屋敷にやってきた。
義理の娘である、幼女マーガレットを見ると、すぐにぎゅっと抱きしめてきたのは、義理の母であるカロリーナだ。
「女の子。欲しかったのよね」
「すまんな。私の努力不足で」
「そんなことおっしゃらないであなた」
シーザとマーガレットの結婚と違い、義理の両親は恋愛結婚だ。
いつみても仲がよかった。
マーガレットはそれを見ると少しだけ辛くなったこともあった。
そんな苦い思い出を思い出しながら、今の状況を整理する。
元に戻る方法はわからない。だけどこのままだと、サミュエルに迷惑をかけてしまう。それであれば領地に引き篭もったほうがいいとマーガレットは考えた。
「お義父(とう)様、お義母(かあ)様、領地に連れて行ってもらってもいいですか?」
「母上!」
「おう、大歓迎だぞ!」
祖父シルベルトにそう言われサミュエルは不服そうだったが、当主としてまだ若い彼よりもシルベルトの意向がくまれた。マーガレットが領地にいくことが決まる。
現時点では自宅療養、そのうち領地で静養という形でマーガレットの不在を誤魔化すつもりだったので、幼女といえども本人が領地にいたほうが好都合であった。
「母上。手紙を書いてくださいね」
「わかってるわ」
「アリス。母上のことは頼んだよ」
「はい。旦那様」
安全面を考え、義理の両親と一緒にマーガレットは領地に戻ることになった。
(これでいいわ。これで、サミュエルの邪魔にはならないわ)
馬車の中は、幼女マーガレット、侍女アリス、そして義理の両親のシルベルトとカロリーナ。
アリスは遠慮したのだが、一人だけ別の移動手段を考えるほうが手間がかかるということで、一緒の馬車で行動することになった。
「マーガレット。いえ、マリー。領地に戻ったら何をしたいかしら?ゆっくりしたことがなかったでしょう?今の時期は苺が美味しいのよ。苺パイを作ってあげるわね」
「釣りでもするか?」
義理の両親はマーガレットと領地に戻ることが本当に嬉しいようで、馬車の旅は領地で何をするかという話で盛り上がった。
宿に一晩泊まり、翌日領地に到着した。
混乱を抑えるため、マーガレットはマリーとしてこの地で生活する。
サミュエルが伯爵当主であるのだが、領地の管理はまだ義理の父シルベルトがしていた。報告書を作り、サミュエルに毎月報告する。問題が起きれば彼が対応する。
領地の視察に連れて行ってもらったり、釣りを楽しんだり、義理の母カロリーナと料理を楽しんだり。
マーガレットは領地の生活を楽しみ、幸せを噛み締めていた。
(でも、だめよね。これから私はどうするの?私は本当はいてはおかしい存在。マリーとして生活するにも限界があるわ)
楽しい生活が一ヶ月過ぎたあたりから、マーガレットはこれからのことを考え不安を覚えるようになっていた。
(やはり、どこかの孤児院にいれてもらおう。楽しいけど、このままじゃ迷惑をかけてしまうわ)
彼女の今の姿では修道女にはなれない。そうなれば修道院に併設している孤児院がいいかもしれない。
そんなことを考える。
彼女が小さい時、元気だった母と一緒に孤児院を訪ねたこともあり、彼女は悪い印象を持っていなかったのだ。それは彼女が貴族の娘であり実態を知らないだけであったのだが、今の彼女には理解できてなかった。
単純にそう決めて、義理の父シルベルトに話をしようと部屋まで来ると、話し声が聞こえてきた。
(来客中。それなら後でこよう)
そう思って、踵を返した時、扉がふいに開かれる。
出てきたのは、身長が高く、体格のよい中年の男性。短く切り込んだ茶髪に茶色の瞳に、眉間に刻まれた皺は深く、険しい表情をしていた。だが、マーガレットを見ると口を開け、間抜けな顔になってしまった。
「おお、マリー。どうしたのだ? ジョセフ、この子はマーガレットの遠縁の子でな。一時預かることにしたのだ」
義理の父は、突然訪ねてきたマリーに驚きながら、客である男に朗らかに彼女のことを説明する。
ジョセフという男性は、驚きから我に返ったようで、再び険しい顔になり、マーガレットを見ていた。
(こ、怖い顔。と、とりあえず挨拶よ)
「こんにちは。マリーと申します」
今のマーガレットの推定年齢は八歳くらい。淑女の挨拶をするとあまりにも違和感があるので、少し砕けた感じで挨拶をしてみた。
「あ、ああ。私は、ジョセフ・カリエダ。シルベルト様のご子息のシーザとは同期だったのだ。この近くにきたもので寄らせてもらった」
ジョセフに説明され、マーガレットは記憶の片隅にあった彼の名前を思い出す。
(そういえば、シーザも何度か彼のことを口にしていたわ。なんか対抗意識があるようないい方だったけど)
マーガレットとシーザの関係は不思議で、結婚する前の方がした後よりもよく話した気がしていた。初夜が終わってから、彼は帰りも遅くなり食事も一緒に取ることはほとんどなかった。
結婚前、婚約している間は、お互いの屋敷を行き来したり、夜会などに参加したこともあるのに、おかしな話なのだが。
(今考えると、本当おかしな夫婦だったのね。私たち)
「マリー?」
「おと、シルベルト様。お二人でまたお話しすることもあるでしょう。私はここで失礼しますね」
名を呼ばれ、ふと顔を上げると義理の父シルベルトとジョセフが怪訝な顔をしていたので、マーガレットは自身がおかしな表情を浮かべていたのだと考えた。
マーガレットの話は急ぐ話でもないので、二人の邪魔をするのはやめようとその場からいなくなろうとしたのに、義理の父シルベルトによって止められた。
「お茶でも一緒にしようじゃないか。シーザと同期ということで気がついたと思うのだが、ジョセフは騎士でな。まあ。ジョセフは近衛なので、シーザとはまた違うがな」
「近衛。王族の護衛をされているのですか?」
「ああ」
(シーザがなりたがっていた近衛騎士ね。騎士といったら王族を護る印象が強くて、シーザに一度聞いてしまって、ちょっと怒らせたことがあったわね。ああいうことが続いて、私も話すのが嫌になったのよね)
ラナンダ家での生活に不満はなかった。実家よりも大切にされ、豊かな食事やドレスを用意してもらった。息子も生まれ、マーガレットは確かに幸せだった。
それでもシーザのことを考えると重い石が胃に詰まったような、そんな気分に陥る。
それは彼が亡くなった今でも変わらず、極力考えないようにしていた。
「マリー。今日は君の好きな苺パイだよ。一緒に食べよう。ジョセフ。我が妻の自信作を堪能してくれると嬉しいのだが」
「勿論です」
「はい」
ほぼ同時にマーガレットとジョセフが答えていて、義理の父シルベルトはおかしかったようで笑い出した。
朗らかな笑いは連鎖を生み出す。
気がつけばマーガレットも笑い出して、ジョセフも声には出していないが、微笑みを浮かべていた。
(まあ、怖い人ではないのね)
シルベルトが先に歩き始め、その後にマーガレットが続き、ジョセフがその後を歩く。
なんだか背後からものすごい視線を感じてしまい、やっぱり怖い人だったかもしれないとマーガレットは少しだけ怯えてしまった。
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