第3話 変な方向へ振り切ってしまったようです。
「サミュエル。そんな責任を感じなくてもいいのよ。私は修道院に入るつもりだったのよ。だから、そこに入れてもらえれば」
修道院付きの孤児院なら、幼女になってしまった自分を受け入れてくれると、マーガレットは息子に懇願する。これから好きな人と結婚しようとしている息子の幸せを彼女は壊したくなかった。
姑と同居するのを嫌がるような令嬢だ。親戚と説明しても幼女と共に暮らすのは耐え難いだろう。
そう思い、マーガレットはサミュエルを説得しようとする。
「いいえ。とんでもないです。母上に再婚を勧めた僕が愚かでした。そのためにこんなことに」
「若返りの薬を飲んだのは私よ。あなたのせいではないわ。私は、あなたの幸せを望んでいるの」
「僕の幸せ……。僕は、母上を立派な令嬢に育てて、今度こそ幸せな結婚をしてもらいたいです」
「サミュエル……」
すっかり恋愛脳ではなくなったサミュエル。けれどもおかしな方向に振り切れてしまったらしい。
マーガレットは必死に説得を試みたが、彼が気持ちを変えることはなかった。
翌日、サミュエルはマーガレットにドレスを仕立てるために、街へ彼女を連れていく。
体は幼女、おそらく八歳くらい。
しかし心は三十五歳の淑女だ。
服以外にぬいぐるみや人形を買ってもらいそうになり、慌てて彼女は断った。
「ねぇ。アリス。あの若返りの薬を売った商人と連絡をとってくれる?」
あの若返りの薬はどうやらマーガレットが購入したと商人から侍女に伝えられ、棚に置かれたようだ。香水だと使用人達は思っていたようだ。
アリスに調べさせたが、商人は国外に出ており、連絡が取れない状況にあった。
「あの薬は何処から来たのかしら?」
「商人は魔法の薬と説明されたんですね。そうなれば魔女の薬かもしれません」
「魔女……」
世の中には不思議な薬がある。惚れ薬がその代表だ。魔女はそれらの不思議な薬、魔法の薬を作り出す事が出来ると考えられてる。
「街で魔女の噂を調べてみましょう」
「頼むわね」
侍女アリスはそう言い調べてくれたが、何も情報を得ることは出来なかった。
すると彼女は慰めるようにマーガレットに語りかける。
「大奥様。元に戻らなくてもよいではないありませんか?大奥様はこの家に入られてから随分頑張ってこられました。これからはご自身のために生きてください。子供になられて、そこからやり直すことはいいことだと思いますよ」
「アリス。ありがたいけど、それじゃダメだと思うのよ。サミュエルの邪魔になるし」
サミュエルは何かとマーガレットに構い、仕事の途中で彼女に部屋にやってくる始末だ。
「それは確かに。旦那様は大奥様が可愛くてしかたないのですね。私も同じですけど」
「か、かわいい?確かに子供はかわいいものね」
本当ならマーガレットは、後一人くらい子供が欲しかった。女の子を産んで着飾ったり、それは楽しいだろうと思った。けれども夫のシーザは初夜以外でマーガレットを抱こうとはしなかった。
「さあ、大奥様。前向きになりましょう。大奥様、いえマリー様。今日はどのドレスにしましょうか?」
アリスが満面の笑みでそう言い、マーガレットは苦笑する。
可愛がってくれる気持ちは嬉しい。
けれども、彼女は三十五歳の大人だった。
子供として扱われるのは居心地が悪かった。
「こうなれば別の道を探すわ」
マーガレットは本を読みたいとサミュエルに伝え、街の図書館に連れて行ってもらった。彼には屋敷に戻ってもらい、時間を見て迎えにきてもらうことにする。
サミュエルは自分が離れる事を渋ったが、それをキッパリ断る。もちろん、護衛はついている。
ちなみに幼女になり夜会に参加できなくなったマーガレットは病気にかかったことになっている。ヘルナンデスとの婚約は、彼の身元調査報告書をヘルナンデスのトイル家に送りつけて、穏便に解消した。
長期で姿を見せないのは不思議がられるため、時期を見て領地で静養する形をとる。すでに義理の両親であるサミュエルの祖父母にマーガレットの状況を伝えており、準備は整いつつあった。
彼女自身、義理の両親には申し訳ないことをしたと思っているが、向こうはそのように思っていない。幼女マーガレットに会いたくてたまらないらしく、領地から近々出てくる予定だった。
(ありがたいことね。本当。実の親よりずっと優しいわ)
結婚してからまったく付き合いのない実家は、こんな状況でも頼ることができない。またマーガレットは実家に貸しを作るのも嫌だった。
「この辺で待っていて」
護衛の者を残して、マーガレットは魔法について調べるため、禁書近くの本棚に近づく。そこには魔法関連の本があり、若返りの薬について触れているものがないか、一冊一冊手にとっていく。
「すべての呪いや魔法は、真実の愛のキスによって解かれる」
魔法、呪いの解き方という本を手にとって、最初の文面をマーガレットは口にした。
「真実の愛のキス。それは親子の親愛も入っているのかしら?」
結局、その日はそれ以外に有益な情報を得ることができなかった。
サミュエル自身が迎えにきて、屋敷に戻る。
着替えをして、食事を終わらせてから、マーガレットはサミュエルの部屋を訪れた。食事は一緒にとったのだが、使用人がたくさんいる前で話をしたくなかったため、彼女はわざわざ彼の部屋を一人で訪れる。
「は、マリー。どうぞ」
マーガレットが幼女になったことを知っている者はすくなければ少ないほどいいので、屋敷内では幼女マーガレットは、遠縁の娘で一時預かっていることになっていた。名前はマーガレットではまずいのでマリーという名を使っている。
「サミュエル。今日図書館に行って、魔法を解く方法を一つ見つけたわ」
「そ、そうなんですか?」
サミュエルは少し残念そうな顔をしていた。
それにちょっと苛立ちながらも、マーガレットは続ける。
「真実の愛のキスよ。それで元に戻るの」
「し、真実の愛のキスですか。それは、それは」
「ねぇ。サミュエル。私にキスしてちょうだい。親愛でも真実の愛だと思うのよ」
「た、確かにそうでしょうが。えっと」
サミュエルは幼児愛好者ではない。それに母に対してもおかしな感情はもっていない。だが、大人になって、母親にキスをするのは抵抗がある。
「嫌なの?だったら、誰か探すしかないわね。私を愛してくれる誰かを」
「そんなのダメです。きっとそういう奴は幼児愛好者です」
「それは困るわ。ねぇ。サミュエル。親孝行だと思って試してもらっていい?」
「……はい。わかりました。不本意ですけど」
サミュエルは青白い顔をしたまま、だけど覚悟を決めて、触れるだけのキスをマーガレットにする。
しかし何も起きなかった。
「偽の情報ね。やっぱりそんな簡単な方法で解けるわけがないのよ」
「母上。元に戻らなくてもいいじゃないですか。そのままで」
「私が嫌なのよ。お荷物になるのはいや」
「お荷物なんて、そんなことはありません。もしお荷物と考えるなら、小さい僕は母上のお荷物でしたか?僕がいなければ母上はきっとこの家を出てましたよね」
「サミュエル」
「そういうことです。僕に親孝行をさせてください。僕は母上を幸せにしてみせます」
結局問題は解決されないまま、それよりも余計に拗らせてしまったようだった。
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