沈魚落雁

 視線が一気に君に集中する。君は漆黒の艶髪を靡かせて、「やぁ」と僕に手を振った。肌がしろいから、赤い浴衣がとても映えている。

 君はランウェイのように大衆の視線を浴びながら僕の傍までやって来て、涼し気な切れ長の瞳を嬉しそうに細める。


「遅くなってごめんね」


 と、君の赤く潤った唇が言葉を紡いだ。


「いいや、今来たところさ」


 暫くすると、ガヤガヤとした喧騒が蘇る。子供のはしゃぎ声、店主の誘い文句。


 君は金魚掬いがしたいって言うから、近くの店主に小金を渡して小さなぽいを受け取った。

 君はぽいを片手に嬉々として「赤くて丸いのがいいわ」なんて言いながら、金魚が集まった水槽に近づく。

 けれど、君が傍に来た瞬間、赤い金魚も黄金の金魚も黒い金魚も皆飛び跳ねて、水槽から逃げていってしまった。


 君は凄く落ち込んで、足取りが重くなってしまったけれど、ぐるるると君のお腹は正直なようで、屋店で何か買うことにした。


「あれ、食べたい」


 僕は君が指さした店の店主に小金を渡して、品を待つ。

 けれど、


「今さっきまで在庫があったハズなんだが、見間違いかなぁ……」


 店主は首を傾げて、網の上を眺めた。


「すまん、焼き鳥は売り切れみたいだ」


 君は更に項垂れてしまった。僕は君から離れるようにして地面を歩く焼き鳥の姿を見詰めた。

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