第49話 この世界のために

魔王を倒した!

倒したんだ!


キルト、やったんだよ!

オレらで魔王を倒した!


膝まずいて、両手を床につけて肩で息をしているキルトに駆け寄る。

今度こそキルトに回復魔法をかけようとして、制止される。


「あいつらは?」


魔王のことで頭がいっぱいで、周りを魔物に囲まれているのに気がつくのが遅れた。

魔王がいなくなったんだ。

大丈夫だよ…な?


だが、突然1匹の魔物が襲いかかってきた。

剣をとるのが一瞬遅れる。

やばい!と思った瞬間、キルトが結界を作った。


「これ、あんまり長く続かないと思う。ちょっときつい。」

初めてキルトが弱音を吐いた。

「解けよ、オレまだ戦えるから。」

「自分もボロボロじゃん。」

キルトが笑ってみせる


キルトが攻撃を受けていてくれていたからと言って、オレも無傷ではない。

でも、キルトに比べたらこんなのなんでもない。


「大丈夫だよ。早く終わらせて、一緒に温泉卵食いに行こうぜ。」

キルトの頬に涙が伝った。

「…約束、覚えてる?」

「約束?」

「もし魔王を倒しても何も変わらなかったら、一つだけお願いを聞いて欲しいって言ったやつ。」

「覚えてるよ。何?カラアゲにタルタルソースかける?でもあれはカロリー高いから…」

キルトが剣を握るオレの手に自分の手を添え、剣先を自分の胸に向けた。



「まだ、魔王がいる。」



何…言ってんだよ…



「さっき、カンペ読んだだろ?」



あんなのは嘘だ。



「わたしは、あいつの娘だから。あいつが死んだら、次はわたしが魔王になってしまう。」



嫌だ。



「死ぬなら、お前の手で死にたい。」



嫌だ。



「だったら、この世界に魔物がいてもいいじゃん。オレとお前で、片っ端からやっつけていけばいいじゃん。」


「随分前に聞いたよね?『その姿は元は誰なんだよ?』って。」

「うん。」

「これは、わたしが初めて友達になった人間。竹川急便の配達の人。時間指定通りに荷物を持って来なかったからって、あいつに殺された。ハジマリの村を消滅させたのは、神が宿る祠にいた魔物。あいつを城から追い出すんじゃなくて、葬っておけば、あんなこと起こらなかったのに…」



それでずっと、神が宿る祠にいた魔物のこと気にしてたのかよ…



キルトが剣先を自分に向ける手に力が入る。

絶対にそうさせないとこっちも力を入れる。

「人間に生まれたかった…人間と魔物が仲良く暮らしていける世界になって欲しい…」

「うん。」

「お願い。」



無理だ。

出来ない。

何か方法があるはずだ。

何もしないであきらめるなよ。



「見て。わたしの、本当の姿。」


キルトの姿が、綺麗な、弱っちそうな女の子の姿になった。

驚いて、一瞬、力が抜けてしまった。




キルトが、オレの手に手を重ねたまま、自分の胸に剣を刺した…




お前とあの魔王じゃ全然違う…

なのに…なんでだよ…



「ありがとう、アイザック。」



キルトの体は、ガラスの破片のようにキラキラ光って、消えていった…




こんな、エピソードいらないだろ…


これは、ゆるい旅のはずだったじゃん…




オレは、残されたたくさんの旅の日記を、泣きながら持っていた袋に入れた。


キルトが、この中にいるから。

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