第8部 第4章 覚醒開始

「なるほど、なるほど。大した兵隊を育てられたものだ、皇太子妃殿は。あのパーサーギルのおぞましい姿を見ても戦うために包囲していくとは。普通の弓如きでは効かないが、選択としては正しい。これに皇太子妃が考えていると言う異世界の火薬とか言うものとかと混ざると、いよいよ我らの餌は餌でない動きを始めているのかもしれぬ」


 クオウが山から、修羅の動きを見て呟いた。


 すでに皇太子妃が何をしようとしているかも知っていた。


 ピュットリンゲン伯爵の旗下の兵はもはや数十名であるが、思い思いの場所に駆け出して逃げていた。


 恐怖で何も見えていないようだ。


 だが、だからこそ、信じ難い動きで逃げている。


 それはかって、クオウが自身が邪神としてそれらを捕食していた時に何度も見た姿である。


「今、逃げ帰られると困るわけではないが、私も少し腹を満たしておくか……」


 そクオウが呟いた。


 そして、地中から根のように張り巡らされて拡がったクオウの尾が、次々とクオウのいる山の上に登り切って逃げようとしているピュットリンゲン伯爵の旗下の兵を貫いた。


 そして、それらはまるで内部を溶かして皮だけ残して、貫いた尾のようなものに吸収されていく。


 山に登りきったものは全て同じように尾で貫かれて、彼らは皮だけになって残っていた。


「ううむ。美味。美味よ。やはり餌として人を超えるものはあるまいて。モンスターはいささか泥臭い。それに比べて人の臭みの無い事よ……」


 クオウがニタニタと笑った。


 そして、その山の方から皇太子妃と修羅を追ってきたシェーンブルグ伯爵家の騎士団と皇太子の騎士団が地平線から集まってくるのを見た。


「これはこれは、あの餌の子孫が現れたか。さあて、パーサーギルは動き出したら早いぞ? そこはもはや決して安全圏ではない。そして、皇太子妃の救出は間に合うまい。すでに狭隘地に入ってしまっているからな」


 クオウが山に新たに登り切ったピュットリンゲン伯爵の旗下の兵の腹を木の根のように張り巡らせた尾で貫いて、まるでポテチを食べながらテレビを楽しむようにその状況を観戦していた。


 修羅が一定の距離を取りながら囲むようにパーサーギルに攻撃を開始した。


 弓だけでは倒せないと見て、ランダムに相手の隙を見る形で、槍でパーサーギルの本体に攻撃を仕掛ける。


 それは組織だった動きで見事なものだった。


 だが、それでも、それまでだった。


 パーサーギルが長い封印の間の空腹を満たしたのか、初めて本格的に動き出した。


 包囲したはずの一角を一気に残忍に、その手足で刈り取る。


 それらの人間の塊を流し込むように顎で受けて咀嚼している。


 それで修羅は戦っても、とても勝てないと思って逃げるかと思ったら逃げなかった。


「逃げろ! 逃げてくれ! 頼むから! 命を守ってくれっ! 」


 声を枯らすように皇太子妃が叫ぶ。


「ほう、他人の命が消えていくのが気にならないわけでは無いのですね。だが……それは……」


 クオウが思い出したように残忍で陰惨な表情を浮かべた。


 それをエーオストレイルに教えたのが、あの餌だった。


 人は互いに助け合う、そして人は人を想う。


 餌如きがふざけた言葉をエーオストレイルに教えていた。


「たかが……餌如きが……」


 クオウが怒りに身を震わせた。


 黒い騎士と修羅のような格好の騎士が、皇太子妃を引き戻そうと必死になっているのが見えた。


 そして、皇太子の騎士団とシェーンブルグ伯爵家の騎士団から数百騎ほど腕のよさそうな連中が皇太子妃の元に向かって仲間の集団を置き去りにして馬を飛ばして近づいてくる。


「来るな! 」


「来なくていい! 」


「我々でやる! 貴方は我らのトップなのだ! 貴方は最前線に出るべきではない! 」


 修羅の幾人かが戦いの場から離れて、黒い騎士ともう一人の修羅らしい騎士の制止をかわして、皇太子妃が修羅の元に向かおうとするのを叫んで制止した。


 彼らは最悪の場合は皇太子妃を守って死ぬつもりでいた。


 それらは、その覚悟を感じる言葉だった。


 それにイラついたのか、パーサーギルが皇太子妃に向かって叫んでいた騎士をその足で貫いた。


 足先は細く硬くなっており、それは丸太を削ったような巨大な槍のようになっていた。

 

 その槍のような足が叫んでいた修羅の腹を貫いた。


「良いんだ……貴方が生きていたら、我らの勝ち……な……」


 そうかすれがすれで叫びながら、兵士がパーサーギルに食われた。


『人は人の為に死ねるんだ。大事なもの大切なものの為には自分の命なんていらないんだ……それが人間の強さだと思う……』


 クオウの頭に、あの餌がエーオストレイルに話す言葉が思い出された。


 それはクオウにとって呪いの言葉だった。


「あああああああああああああああああああああああ! 」


 クオウが絶叫した。


 そして、眼下の皇太子妃に向かって叫ぶ。


「エーオストレイルっ! 仲間が死んでいるんだぞ! 自分は彼らと同じだと私に言ったな! ならば、それを見せて見ろ! いつまで、その身体の人間に気を使っている! これはお前の証明の戦いだろうがっ! 」


 クオウが張り裂けそうに叫んだ。


「え? 」


「何で? 」


 皇太子妃を抑えようとしていた黒騎士と修羅らしい騎士が叫ぶクオウを見て驚いた。


 ざわりと空気が動く。


 そうして、皇太子妃の身体が数段大きくなったように見える。


 エーオストレイルが動き出したのだ。


 


 


 

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