第8部 第3章 出現
巨大な蜘蛛の前足が二本だけ大地から突き出すように現れた。
それは俺には何かの墓標のように見えた。
パーサーギル……神話だと蜘蛛の化け物らしい。
地面が揺れ始める。
それは本当なら地震の無い、この世界なら恐怖の体験なはずだ。
だが、修羅も様子のおかしいピュットリンゲン伯爵の旗下の騎士たちも戦いを止めない。
グルクルト王国が騎士の誇りを皇国ほど持っていないとしても、この戦い方は異常だ。
修羅と同じく剣が折れたら拳で、拳がダメになったら噛みつきとか清廉さのかけらもない。
ただ、ただ相手を潰すことだけを考えて戦っている。
問題は修羅は3対1で戦っているので、それでもピュットリンゲン伯爵の旗下の兵はどんどん減りつつあった。
彼らは身に付けた3対1の連携を忘れていない。
日本に足軽たちが出てきたときの戦いのやり方だ。
2人が相手を牽制して、1人が隙を見て相手を倒す。
その作業に熱中していて、蜘蛛の足が出ているのも気がつかない。
血に酔っているらしい。
それを彼らにさせたのは俺だ。
俺がそういう訓練をして、彼らの心に火をつけた。
だからこそ、逃げるわけにはいかない。
「ちょっと! 待ちなさい! マグダレーネ! ……マクシミリアン! 止まりなさい! 」
姉の呼び方が、本来の俺の男としての名前で呼び出した。
それだけ必死なんだと思う。
でも、逃げれない。
それは俺だけの気持ちでは無い。
俺の中にある熱いものが、女神オーストレイル様の心が叫んでいる。
人間にあれは倒せないと。
「鏑矢でとにかくボンを撃ち倒しましょう」
ヨハンが物騒なことを言い出した。
「怪我するんじゃないの?」
「まだ、マシです。あれはヤバいです。本当にヤバい。あのままではボンが巻き込まれてしまう」
ヨハンが唸るようにに続けた。
蜘蛛の足の屹立は、ヨハンほどの強者に、それほどの恐怖を与えていた。
それほどの怪物なのだ。
狂奔する戦いはその蜘蛛の一撃で一瞬にして止まった。
パーサーギルの二本目の前足が戦っている修羅とピュットリンゲン伯爵の麾下の兵を貫いた。
血が高いところから、ポタポタと落ちて、戦い続けている兵士たちにかかった。
「え? 」
「は? 」
それで異様な事が起こってるのが分かる。
何かが地面から突き出して、兵士を貫いていた。
そして、それだけでなく砂地から噴き出すように、地面の奥からそれが現れる。
本体部分だけで、15メートル近くはありそうな……
それが手足を入れれば、80メートルから100メートルはありそうだ。
それだけ手足が長い。
そしてパーサギルは貫いた人間を口に入れて食べ始めた。
人間はやはり餌なのだ。
兵士達をおいしそうに頑丈な顎で頬張るように食べる。
それを唖然として見ていたら、鏑矢が俺の横をすり抜けていく。
あまりの光景を見て、ヨハンの射る手元がずれて反れたらしい。
意外とヨハンは弓の名手なのだ。
「大きいっ! 何あれっ! 」
姉がこちらに聞こえる位大声で叫んだ。
「あれがパーサーギルらしい! 」
そう俺が叫び返す。
「あの姿は軍曹だ! 」
「は? 」
姉の叫びに、俺が唖然とした。
言われてみれば、パーサーギルはアシダカグモそっくりだった。
えっと、やっぱり姉はちょっとずれてるような気がする。
「いやいや、まずいわ! あれが1匹いると家のゴキブリが殲滅される位に食べられるのよ! 」
と姉が叫んだ。
この凄惨な状況で何を言い出すのかと思えば。
アシダカグモがそう言われるのは、ゴキブリがいなくなると別の建物に移るので、そう言われるだけなのだが、食べまくるのは確かであった。
「ゴキブリ? 軍曹? 軍曹は昔にボンに元の世界の兵士の階級って教えてもらったけど」
ヨハンが困惑している。
「軍曹は食欲がすごくて、他の蜘蛛と違ってゴキブリを捕食する最中でも別のゴキブリを見かけると食べれないのに、次々と捕まえるのよ。ゴキブリを食べながらでも、平気で他のゴキブリもゲットするの」
姉がわけのわからないことを後方で叫ぶ。
いやいや、アシダカグモの話をされても。
「いやだから?」
しょうがないから呆れて聞いた。
「だから、兵士とか人間がいる限り、殺して捕まえて食べまくるわ! 」
などとよく考えたら、震えるほどやばい話をした。
確かにそうらしい。
片手でむしゃむしゃと修羅を食べながら、ピュットリンゲン伯爵の旗下の兵を次々と突き刺したりして食べる人間をゲットしていた。
「まずい! まずい! 引け! 引くんだ! 」
俺が叫びながら走る。
それで、ピュットリンゲン伯爵麾下の兵は悪夢から覚めたように、悲鳴をあげて逃げ出した。
すでにほとんど数は残っていなかったが……。
だが修羅は違った。
遠回りにパーサーギルを囲みながら、殺す動きを始める。
「いやいや、なんで戦うんだ! 逃げて欲しいのに! 」
俺が悲痛に叫ぶ。
「でも、なんだか手慣れてる感じよね」
姉が近くまで寄ってきて呟いた。
足元が砂地のため、俺の馬の速度が落ちたせいだと思う。
「まぁ、冒険者もやってましたから、でかいモンスターを倒すのも知ってますし、ただあれほど大きいのは、さすがに経験が無いでしょうけど……」
ヨハンもそうつぶやく。
修羅も剣で斬りこむ事に危険を感じたのか、ピュットリンゲン伯爵の麾下の兵の弓拾ったりして、次々と弓を射る。
それがパーサーギルに刺さるが、それでも、全く怯むことが無く兵士達をもくもくと食べていた。
長い長い年月の封印の間の空腹を満たすために。
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