第8部 第2章 封印の解除

「皇太子妃は……狭隘地には入って来ずか……」


 クオウがそう目前の眼下の殺戮の酷さを気にせずに呟いた。


 先ほどまで激高し後悔の混ざったような憤怒をしていたクオウはぴたりとそれを止めていた。


 人とはどうやら、感情の動きが違うらしい。


「姉の方が止めているようだな。なるほど、こちらの狙いを皇太子妃達は気が付いたか」


 クオウが不敵に笑った。


「狙い? 」


 ピュットリンゲン伯爵がそう聞いた。


「皇太子妃の中にいるのだ。エーオストレイルが……」


「は? 」


 クオウの呟きにピュットリンゲン伯爵が震えるほど驚愕した。


「エーオストレイルをこちらに戻さねばならぬ。我らの邪神の仲間として……」


 そのクオウの呟きに願い事を叶えるべく祈るようなものをピュットリンゲン伯爵が感じた。


 そして、その言葉の願いの意味に恐怖した。


 かの神話にある暗黒社会を戻そうとしているのだ。

  

 人が邪神や魔獣に食われて、恐れて暮らしていた時代に。


「だが、もう遅い。血の生贄は捧げきった。想定よりは少ないが、これでパーサーギルは復活するだろう」


 淡々とクオウが呟いた。


「な? 」


 ピュットリンゲン伯爵が凄い顔でクオウを見た。


「皇国の神話を読んでないのか? パーサーギルは皇国の神話にもある通り、ここでエーオストレイルに敗れて、封印されている」


「それを蘇らせると? 」


「封印されているだけだ。気が付かないのか? エーオストレイルは殺すまで出来なかった。仲間だからな。それゆえ攻撃によって力を失わせて、封印した。一部で勘違いしているものがいるが完全に滅ぼしてはおらんのだ」


 クオウが少し愉快そうに笑った。


「さあ、パーサーギル……あの世界を取り戻そう。餌は餌として。我らが繁栄をしていたあの時代に……。強きものが強いと言う当たり前の世界に……」


 クオウが手をあげたと同時に巨大な方位陣が狭隘地に浮かび上がる。


 それと同時に恐怖よりも武人としての動きがピュットリンゲン伯爵に出た。


「貴様ぁぁ! 人間を舐めるなっ! 」


 それは純粋な怒りだった。


 皇国に戻った時に嘲られて、結果として目付としての立場を忘れてグルクルト王国の傘下に完全に入り皇国に反旗を翻した時とは違う、純粋な人間としての怒り。


 ピュットリンゲン伯爵が剣を抜いて真横に斬りつける。


 だが、恐怖からかクオウと距離を置いていたのが裏目になった。


 土中から鞭のような長い尾が出てきて、ピュットリンゲン伯爵を崖の下に叩き落とした。


 その必殺の一撃をピュットリンゲン伯爵は斬りつけた剣で受けたものの、剣は折れて吹っ飛ばされて自身は山の下の方に頭を割られて落ちていく。


「餌如きが」


 クオウが吐き捨てた。


 その狭隘地に浮かぶ巨大な方位陣が砕けていく。


 パーサーギルを封印していた方位陣をクオウが砕いたようだ。


 その瞬間地中から巨大な蜘蛛の足が出てくる。


 それは直立して二つ。

 

 何かが両手をあげて解放された事を喜んでいるように見えた。


「あれは……」


「邪神? 」


 目が良い姉とマグダレーネであるマクシミリアンがそれを見て呻いた。


「起きたのか? 」


 ヨハンが絶望的な呟きをあげた。


 狂奔している修羅はそれなのに目の前の戦いを辞めなかった。


 ピュットリンゲン伯爵の騎士団の残った者が、操られたままで血まみれに切り刻まれながらも戦いを辞めなかったからだ。


 彼らには刹那の目前の戦いしか見えていなかった。


「引けぇぇぇぇ! 戦いを止めろぉぉぉ! 」


 マグダレーネではなくマクシミリアンとして全力で騎馬を狭隘地に走らせる。


 姉が止めようとしたが、それをすり抜けた。


 危険はマクシミリアンにはわかっている。


 だが、修羅として調練させたのは自分だ。


 彼らを戦鬼に育てさせたのもマクシミリアンであった。


 何よりも律を……親友の苦境に何もしなかった自分がずっと許せなくて、皇太子を守った。


 彼のその自責の念はもはや彼の心に魔物のように憑りついていた。


 だからこそ、マクシミリアンとして転生した松崎祐介でもある彼は修羅を見捨てることが出来なかった。


 皇太子を救った、その結果が今最悪の場所で最悪な形で出てしまったのだ。


 そして、姉も転生者として特別な力を持っていたが、女神エーオストレイルが選んだように、敵を察知する能力だけでなくマクシミリアンも特別な力を持っていたのだ。


「しまった! あんなに早く動けるなんて! 」


 姉は慌てて騎馬を走らせる。


 そして、本来は止めに行くべきはずのヨハンはさらに出遅れてしまった。


「そうか、皇太子を見捨てられなかったように、皇太子妃は仲間を助けに来るか。君が餌を見捨てて殺されるのを放置することが出来ずに、その命をかけて助けたように……」


 クオウがそう呟きながら、またしても信じがたいほどの憎悪を浮かべた。


 それは彼にとって最も苦悶するような過去の出来事であった。


「逃げろ! 逃げてくれ! 頼むから逃げるんだ! 」


 マクシミリアンが叫びながら、馬を狭隘地に走らせた。


 祈る様に叫ぶ。


 もう、誰かを見捨てるのはごめんだ! 


 その気持ちだけであった。


 そして、修羅はそれでも血に飢えた戦いをピュットリンゲン伯爵の残党と続けるのを止めなかった。


 地獄はこれからなのに。

 





















 注……後書きが無いので……マクシミリアンの視点から始まっているのは一人称になってますが、今回のはクオウの視点で見てるので三人称になってます。

  

 どっかで手直ししして全部三人称にした方が良いかもしれないけど、一人称での心の動きを書きたくて、すいません。


 まあ、今さらかもしんないけど。

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