第7部 第5章 地獄

 矢を受けながらも修羅の半分は全く気にせずギードの騎士団を殺し続けている。


 そして、修羅は300名くらいの陣が6つあって、それが合流していたうちの本陣を除く3つの陣が山を登り始めた。


 彼らは矢を受けてもひるまない。


 彼らの身体には下層民時代の刺された傷や上の身分の物に信じがたい理由で暴行を受けたりしていて、実力はあるのに鬱屈していたものの集まりであった。


 その後も傭兵や冒険者としても危険な場所だけを選んで戦っていた連中であり、この程度の矢傷など話にならなかった。


 彼らに取っては、心に受けている傷の方がよほど苦しかったのだ。


 だからこそ、彼らは不敵に笑った。


 痛みよりも、自分が生きる場所を得ただけでなく、歴史の本道を走るものになりかわるのだ。


 身分があって、永遠に最下層民として汚れ仕事をするはずの人間達に栄誉闊達の道が開けた。


 彼らには貴族になる未来すらある。


 実際に皇太子妃であるマクシミリアンはそれを認めており、シェーンブルグ伯爵ですら許容していた。


 それをヨハンが幾度も戦功次第で得られると言う事を話していた。


 それがまるで麻薬のように聞いていた。


 下層階級の人間が戦功によって、そこから脱することが出来ると言う事は奇跡のような出来事なのだ。


 彼らは暴走しているのを自覚していた。


 そして、それこそが相手に恐怖を与えることをツェーリンゲン公爵との戦いで理解してしまった。


 ルールでがんじがらめになった騎士道に対して、ルールの無い殺し合いを持ち込むのだ。


 矢を射ても引かずに怯えも見せず、逆に剣を抜いて山を登ってくる修羅にピュットリンゲン伯爵の騎士団は恐怖していた。


 彼らもグルクルト王国の最強の兵として戦ってきた誇りはあるが、その戦ってきた相手は馬鹿みたいな騎士道を守っている古い皇国だけである。


 修羅はなんと、ギードの騎士団の死体を盾にしていた。


 それで矢を受けるのだ。


 それは恐怖でしかない。


 モンゴル軍がヨーロッパと戦った時に良く使う戦術は人質を盾に攻撃することであった。


 これに騎士道とかまだあったヨーロッパの軍は恐怖した。


 こんなえげつない方法があるのかと。


 だからこそ、余談ではあるが、対馬の人質を船のヘリに並べ盾にしたモンゴル軍に対して、笑って人質から射ていくに鎌倉武士にビビる事になるのだが。


 ルールも何もない残酷さはある意味、最強の武器なのである。 


「き、騎士道とか無いのか? 」


 ピュットリンゲン伯爵の騎士団から悲鳴が漏れる。


 しかも、死体を盾にしながら、それを三人組で登ってくる。


「ちっ! 本当に三対一で戦う様になってやがる! 」


 ピュットリンゲン伯爵が舌打ちした。


「ど、どうします? 」


 エッカルトが悲鳴交じりにピュットリンゲン伯爵に聞いた。


「矢を射続けるしかないだろう! 」


 ピュットリンゲン伯爵も恐怖交じりで叫んだ。


 狂っている軍隊を相手に勝とうと思えば、ピュットリンゲン伯爵の騎士団も狂うしかないのだが、理性がある彼らは狂う事は難しかった。

 

 これこそ、裏を返せば騎士団ではない、下層民と転生者が多くて、盗賊と強盗とかルールの無い無法者を相手にしていた彼ら修羅にしかそれは出来ないことだったのだ。


 だが、そこに全く別の事を懸念している者が一人いた。


 執政官にして『封印師』でもあるクオウであった。


「残念だが、血が足りないようだな」


 ぼそりとクオウが呟いた。


「は? なんだって? 」


 それをピュットリンゲン伯爵が聞きとがめた。


 彼はクオウも得体が知れない奴と見ていて信じていなかった。


 彼の背後を探った事もある。


 だが、何も分からなかった。


 ある日突然、グルクルト王国の王宮に現れて、突然に国王の深い深い信任を得た男である。


 貴族でも何でもないのだ。


 それならば、何か背景があるはずと思い探ってみたが、全く掴めなかった。


「血が足りないのだ」


 そうクオウは繰り返した。


「いや、死にまくっているんだがな! ギードの馬鹿どもが! 」


 そうピュットリンゲン伯爵が叫びながら気が付く。


 自分も戦場で長い経験があり、後背を突かれて追われ続けている騎士団はもっと恐怖して混乱するものなのだ。


 なのにギードの騎士団からは恐怖を感じなかった。


 そして、ただただ機械的に動いているように見える。


 人間の持つ恐怖とか感情が欠如しているように見えた。

 

 ピュットリンゲン伯爵は異様な不安を感じて、クオウを見た。


 目が深紅に染まった。


 それでとっさに顔を背けた。


 そして、耳を塞いだ。


 彼のピュットリンゲン伯爵家が元は皇国の出なのが一つの事を思い出させていた。


 目が深紅に染まるのは邪神の特徴である。


 女神エーオストレイル様に駆逐されたはずの邪神の特徴だ。


 彼らは人を操るものがいると伝わっていた。


 だから、目を逸らして、耳を塞いだ。


 そして、それは正解であった。


『お前達は狂えっ! 奴らを殺し尽くすのだ! 自分の身など顧みるな! 』


 そうクオウがピュットリンゲン伯爵の騎士団と弓兵に叫ぶ。


 それと同時に、咆哮をあげてピュットリンゲン伯爵の騎士団と弓兵たちが狂ったように矢を射ながら山を降り始める。


 距離を持って戦うべき弓兵が弓を射ながらに突撃するのだ。


「がああああぁぁああああああああ! 」


「殺せ! 」


 ピュットリンゲン伯爵の騎士団と弓兵が普段出したことも無い叫びをあげて山を飛ぶように戦いに降りていく。


「エッカルト! 」


 ピュットリンゲン伯爵の御付きの大人しいエッカルトですら、キチガイのように突撃していた。


 そこからは地獄が始まった。


 狂ったピュットリンゲン伯爵の騎士団と弓兵は修羅と変わらぬ狂い方をして攻撃を始めた。


 弓が折れれば、剣で、剣が折れれば、手で、それが相手に効かないならば嚙みついた。


 まさに、バーサーカーのような戦いぶりだ。


 そして、修羅もまた同じようにそれには引かずに徹底的に戦い続けていた。


 血があちこちで吹き出ていて、まるで地獄のような展開が目の前の狭隘地で起きていた。


「そうか……。皇国出身なれば、神話は知っているか……」


 クオウが深紅の目のまま、目を背けて、耳をいつでも塞げるようにしたピュットリンゲン伯爵に対して吐き捨てた。


「邪神……」


 ピュットリンゲン伯爵の言葉が震えていた。 

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