第7部 第4章 弓兵
「狭隘地に入ってきたようだな」
そう執政官でもある『封印師』のクオウが呟いた。
修羅は想定通り、殺戮に酔っていて、あっさりと危険地帯での戦闘をそのまま続けていた。
そうやって、次々と後方に修羅にとりつかれて数を減らされているにも関わらず、ギードの率いる騎士団は長蛇の陣系で撤退を辞めない。
「にしても、来るのが遅すぎませんか? 貴方は? 」
いつの間にか山の山頂に現れたピュットリンゲン伯爵とその騎士団に吐き捨てた。
ピュットリンゲン伯爵はヘトヘトになっていた。
そして、その配下の騎士団はもっとヘトヘトだ。
「馬鹿言うな、弓騎兵を500人と騎馬で何とか弓を使えるものを合わせて結局は1000くらいしか連れてこなかった。それだけで精いっぱいだ。追加の馬だってそれくらいしか無いし、とても足りない。正直、なんでギードはじりじり戦って引き付けて狭隘地に誘い込まないんだ? こんな一気に狭隘地に来られていたらどうにもならん。馬に乗れない弓兵達は仕方ないから後を追わせているが間に合わない。お前がギードを説得したんじゃないのか? しかも、ギードの騎士団の兵が半分以下になっているじゃないか! アホのギードがっ! 」
ピュットリンゲン伯爵は息をハアハアしながら、そう一気にクオウに文句を言った。
「仕方ないでしょう。馬鹿なのですから」
そうクオウが皮肉っぽく笑った。
「この数であれに勝てるか? しかも、相手は皇太子の軍ではないでは無いか! 」
「皇太子の軍は大したこと無いでしょう、あの修羅とか自らを呼ぶ部隊が危険なのです。それは貴方にも分かるでしょう? 騎士の時代に集団戦を取り入れている。そして、彼らには騎士としての戦いに対しての誇りなどない。このまま、あの部隊を成長させたら、どれほど恐ろしい事になるかを」
「……それは分かるが……」
ピュットリンゲン伯爵が否定できずに黙った。
「ならばすぐにでも弓兵にて殲滅なさい! 今の兵数ではこちらの数も少ない。ならば、少しでも優位な段階で敵を削らねば。この山と山の間にある狭隘地を血で染めるのです! 」
クオウがそう叫んだ。
「いや、もっと引きつけて……奥の山に3つ囲まれた狭隘地で……」
そこまで話してピュットリンゲン伯爵の顔が歪む。
修羅の勢いが凄すぎて、そこまでギードの騎士団が持つかどうかわからないからだった。
「そこまで待つのは無理でしょうね。そうなると、この僅かな弓騎兵と弓兵であの狂った軍隊と戦う事になりますよ。お分かりか? 」
クオウがそう駄目だしした。
見る限り殺戮に狂奔していて、修羅は戦いでの疲れを見せていなかった。
それはピュットリンゲン伯爵だけでなく旗下の恐らくグルクルト王国の最強である弓騎兵を中心にした騎士団ですら、恐怖を感じるものであった。
彼らは戦争に酔っているのだ。
酔いがさめれば疲れは出るものだが、酔いは全く醒めそうになかった。
彼らのギードの騎士団の殲滅が終われば、恐らく今度は餌食になるのはピュットリンゲン伯爵とその騎士団になる。
「撃てっ! 横に並列して、一気に殲滅しろっ! 修羅だけ射ると思うな! とにかく、下にいる奴らを殺し尽くせ! 」
ピュットリンゲン伯爵が旗下の弓兵に叫んだ。
「しかし、ギード殿とは一緒に戦うのでは? 」
エッカルトがそれを聞いて疑問を呈した。
「いや、もはや、この距離で狙いを絞るなど無理だ! 悪いが、ここで修羅とか言う狂った連中を少しでも減らさないと、奴らと戦うのは我らになる! 」
ピュットリンゲン伯爵が迷いを捨てるように叫んだ。
それは修羅と言う目の前で殺戮を行う怪物達を見て、報告で聞いていた以上に彼らが強い事を理解した為であった。
「もし、ギードに配慮などして攻撃が甘ければ奴らは恐らく自分に矢が刺さっても刺さっても向かってくるぞ! 少しでも削るのだ! お前達なら分かるだろう! あれは戦神(いくさがみ)が乗り移った奴らだ! 一度人間はああなると手を斬り落とそうが残った手で攻撃を続けるような狂った状態になる! 血に酔っているんだ! ああなると、我らとて戦うのは至難の業だ! 我らよりも奴等の方が数が多いのだ! このままだとどうなるのか分かるだろう? 」
ピュットリンゲン伯爵の言葉が悲鳴交じりのように聞こえる。
それほど修羅は狂った軍隊だった。
エッカルトからピュットリンゲン伯爵に報告があった時に、旧式の戦術と古臭い騎士道を守っていた愚かな皇国のツェーリンゲン公爵家を殲滅したと聞いたが、それはツェーリンゲン公爵家の騎士団が愚かゆえに倒せたと思っていた。
だが違った。
修羅は血に飢えている狂った軍隊なのだ。
奴らは、我らと同じ転生者もいれば力もあるのに下層民として扱われ、溜めに溜めた憎悪を解放する機会を得た連中なのだ。
そして、それを解き放ったのは間違いなく、あの皇太子妃だ。
「化け物どもを解放しやがった」
ピュットリンゲン伯爵が小声でつぶやいた。
そうしたら、クオウが何故かにっと笑った。
心の底から愉悦を感じているように。
それがまたピュットリンゲン伯爵をゾッとさせた。
そして、その結果、恐怖を感じて狂ったように弓兵達は矢を射るようになった。
ギードの騎士団なぞ、どうでもいいのだ。
それよりも、あの狂った連中を修羅とか自称している血に酔った連中を減らさねばならない。
それは自分達が生きて帰るための、たった一つの方法なのだ。
狭隘地で戦うギードと修羅が次々と矢を受ける。
ギードの騎士団はあっさりと落馬して終わるが、修羅はそうはいかなかった。
矢を受けながらも、山頂のピュットリンゲン伯爵の弓兵を見て、血に酔ったものの特有の笑いを浮かべながら、登ってきた。
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