第7部 第3章 鏑矢

「おおおい! 皆! 止まれっ! 」


 俺が叫んだ。


 だが、修羅は止まらない。


 マジで止まらない。


 なんだよ、これ。


「止まらないじゃん! 」


 姉が失笑した。


「多分、ボンは普段から声を出して調練しているわけじゃなかったから、それで誰だか分からないんじゃないでしょうかね。こないだの演説で初めて声を聞いたって奴もいましたし」


 ヨハンが慰めにならないような事を話した。


 いや、それは言い訳にならないし。


 実際問題として、それだと軍隊じゃないからなぁ……。


「だから、俺に任せてください。お前ら! 止まれっ! 止まるんだっ! 」


 ヨハンがそう咳払いすると叫んだ。


 だが、止まらない。


 マジで修羅はバーサーカーだった。

 

 目先の戦果に目が曇っている。


「止まらないじゃん」


 姉が苦笑から呆れ声に変わった。


 実際、これだとどうにもならない。


 全員が狂奔していた。


「まさか、何かこっちにも仕掛けられてる? 」


 俺がそう疑問を感じる。


「なら、悪いけどあんたは撤退させるよ? 」


 姉がそう答えた。


「いやでも、修羅を戦わせているのは俺だし。流石に俺だけ逃げるのは……」


「罠なんでしょ? 」


「かもしれないけど」


 俺も困惑していた。


 いや、追っかけても間に合わないくらい、修羅の追跡速度が速い。


 実際に片っ端から打ち取られたのが通り道に死体として転がっていた。


「一番近い狭隘地が目の前の二つの山の間にあるはず。もう少し奥にさらに良い場所があるので、俺が仕掛けるならそちらだから、まだ時間はあると思うんだけど」


 俺がそう姉に頼む。


「山に入るのは遠慮したいわね。それで逃げられなくなっても困るし」


 馬によって山に登るのが不得手な馬もいる。


 日本の騎馬に使われている馬は小型だが山も登れるが、サラブレットみたいに西洋系の馬は大型だが山を登るのが不得手だったりするのだ。


 そういや、元寇の時に、馬も連れてきていたが、湿地が多い日本では、元の連れてきた馬では、湿地でもある程度走れる日本の馬にそのあたりで対抗できなかったそうだし、そういう環境を考慮すると確かに皇国は平地が多いので山は負担かもしれない。


 となると、山に登らずに狭隘地の方に相手が逃げたら、逆に平地の為に楽に追える分だけ、今の狂奔具合だと修羅はさらに激しく追い続ける可能性が高い。


 山で下の狭隘地に入ったところで、修羅の攻撃が止まらなくなる可能性を考えてぞっとした。


「あーあーあー、調練とかもっと参加しておくべきだったか? 」


「それは、まあ、私も悪いわね。女性の貴族社会での歩き方とかマナーとか教え込んでたし。そもそも、男性が女性の歩き方をするのも練習がいるし」


「男性が女性の恰好をするのが無理があるのでは? 」


 そうヨハンが苦笑した。


「しょうがないじゃない。そもそもは、女神エーオストレイル様が私に入るはずだったのに、マクシミリアンに入ったんだから」


「いや、女神エーオストレイル様の話だと、現皇帝が産まれるのが双子であるのを知って、男の娘で良くないとか騒いだ結果、術者が姉さんだけを増強するはずが男の俺の方にもしたから、結果として俺を選んだって言ってたけど……」


「……それは初耳だわ」


 姉がちょっと驚いたように呟いた。


「知らなかったんだ」


「というか、あの皇帝と父のシェーンブルグ伯爵の独特の男の娘へのロマンが良く分かんないのよね」


「まあ、そうだよね……」


 姉のあきれ果てた呟きに、流石に同意するしかなかった。


「そんな事で、ボンの才能が駄目にされてるとか、俺からしたら噴飯物なんだけどなぁ」

 

 ヨハンがそう吐き捨てた。


 昔からヨハンは俺を買っていたから、そうは言うよなと思う。


「男の娘でなくて、男でもいいのにね。別に皇太子と愛し合うなら……」


 姉がそう兜の覆いをずらして顔を見せると、にっこりと笑った。


 いや、それはどうだろうかと思いつつ、姉が腐女子の事を考えると俺は否定が出来なかった。


 そして、それよりも、狭隘地に近づくにつれて、体の内部から危険信号みたいなのを感じた。


 たしかに、神話でパーサーギルを倒して封印しただけはある。


 俺の身体の中の女神エーオストレイル様が凄く警戒しているのが分かる。


 そして、何かがあるのか、俺の索敵は全く働かないようだ。


「やっぱり、何も索敵も出来ないのね」


 姉が俺の気持ちを読んだのか呟いた。


「分かるんだ」


「そりゃ、姉弟だもの」


 姉が苦笑した。


「じゃあ、待ち伏せしている連中がいるかどうかも分からないんですね」


 ヨハンが横から聞いてきた。


「いるでしょ」


「いるよ。そうじゃないと、こちらの索敵の感覚を惑わす意味がない」


 そう姉と俺が答えた。


「最後の手段だけど、使おうか」


 姉が鏑矢を掴んだ。


「一応、うちのシェーンブルグ伯爵家の撤退音は知ってるんだよね」


「ええ、教えてありますが、それが聞こえるかどうかは……」


 そうヨハンが自信が無さげだ。


 それだけ狂奔してバーサーカー状態なのが分かる。


 父のシェーンブルグ伯爵が多分、元が日本人だったので、音が鳴る合図で鏑矢をシェーンブルグ伯爵家では使用していた。


 姉がそれで撤退の鏑矢を数射した。


 その鏑矢は爆発音のしないロケット花火みたいな音を出して修羅の頭上を飛ぶがそれでも修羅は無反応だった。


「これは……駄目だわ……」


 合図が全く効かない修羅を見て、姉が流石に呆れ切った表情を見せた。

 



 

 

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