第7部 第1章 突撃戦

「こないだは遠目で見ていただけだったけど、ちょっとやばい軍隊だよね」


 姉が修羅の追撃戦を追いかけながら苦笑した。

 

 何しろ、指揮官いなくて戦っちゃうし、指揮官いなくて追撃戦に入ってしまった。


 しかも、その勢いは半端じゃない。


「指揮官無しで攻めちゃうとは……こないだしくじったって思ったのに……その後の対策をしなかったのが失敗だった……」


 俺が苦悩した顔で呻く。


 やばいなんてもんじゃない。


 軍隊とすら言えない。


「いや、それもそうなんだけど、普通じゃないよね。この戦意。こんなのが敵にいたら私でも躊躇するわ」


 姉が違うからって感じで首を振って笑いながら答えた。


 修羅の全員の目の色が変わって突撃を始めている。


 歩兵ですら、全力で走って追いかけていた。


 全く死を恐れていないし、逆に敵を殺すのに狂奔していた。


 皆の目がギラギラしている。


「多分、こないだのボンの演説が凄かったんですよ。『良いかっ! 我々はシェーンブルグ伯爵家ではない! 貴族ではない! 騎士ではない! 外道である! 外道の戦いをする修羅である! 修羅は修羅として敵を駆逐する! 時代は我々についてくる! 我々こそ、歴史を作るのだっ! 』って奴」


「えええ? そんな事言ったんだ」


 詳しくは知らなかった姉がちょっと驚いていた。


 俺が演説したと言うよりは檄を飛ばしたと聞いていたからだ。


「『歴史が変わればお前たちは歴史の中心になる! 修羅として世界を変えて、のし上がれ! この腐った世界を変えよう! 腐りはてた貴族ではない! ただ言われたとおりに戦う騎士ではない! 修羅たる我々こそ、この世界の変革者なのだ! 我々こそ、この世界の本道を行くものだ! 戦えっ! 抗え! 修羅どもよ! 』とも言いました」


 さらにヨハンが続けた。


「はああああああ、厨二が少し入ってるけど、それを言ったらまずいよね」


 俺が姉の厨二発言で少しめげる。


「ええ、自分が世界の半端者で汚れ仕事してきた最下層に近い人間達に生きる目的と誇りを与えましたからね」


「でしょうね。貴方達って能力はありながら、本道を通れなかった人達だもの。それを自分達の指揮官のシェーンブルグ伯爵家のもので将来の皇太子妃に言われたら、そりゃ、死兵になって暴走するわ」


 姉が爆笑した。


「いや、何か、随分と俺が言った事が正確で細かいんですけど……」


「そら、皆、自分達でそれを諳んじて、鼓舞したりしてますから。皆、全部覚えてますよ」


 ヨハンの一言で自分の厨二の言葉が歴史に残りそうで、非常に胃が痛い。


「明治維新の長州みたいよね。吉田松陰に心が火をつけられて、全員が死兵になって仲間が死んでも死んでも戦っちゃうを続けて、結果として幕府を滅ぼしてしまうんだもの」


「ちょっと、何を言ってるかわかんないんですが……」


 ヨハンが困惑して突っ込んだ。


「意外と皆の心に火を灯す人がいると、人間は平気で死を恐れずに戦うって話よ。仲間が死んでも死んでも止まらないって事」

 

 姉がそう説明した。


 それでヨハンが納得したように頷いた。


「余計にまずいかな。これ、間違いなく誘い出しているよね。勝てそうになったら、相手に食らいついて滅ぼせって言ったからなぁ」


「私もそう命令しました。躊躇はするなと」


 俺とヨハンが呻く。


 実際に修羅の突撃は止まらない。


「やっぱり、山の方に誘い込んでる」


 俺がギードの騎士団が逃げる方を見た。


「ボンが言ってた狭隘地ですか? 」


「うん。逆に誘い込もうと思ってたのに」


 俺が痛恨の表情を浮かべた。


「となると。悪いけど、貴方を死なせるわけにはいかないから。私はもしもの時は止めるわよ。多分、修羅を貴方が指揮する部隊だと知っていて誘い込んでるわ」


「俺を狙ってって事ですかね? 」


「多分、ツェーリンゲン公爵を倒した時の修羅の戦いを見ているわね。これをやらせている奴。コントロールが効かない軍隊だと見抜いてる。そして、狙いは間違いなく貴方だと思う」


「マジですか? 」


 ヨハンが口の悪いしゃべり方で聞いた。


 だが、ヨハンの部隊と本人は荒事向きなのが買われて家臣になっているので、そういうのは許されていた。


 荒事は荒事が出来るものでないとコントロールできないからだ。


 その辺りは前世でも何かやってたのかもしれないが、父のシェーンブルグ伯爵は柔軟だ。


 正直、公式の場でない身内だけだとざっくばらんに話すようだし、俺も家族として中に入って、初めてよそ行きでない父を見た。


 ちょっと、少し頼りないとこもあるけれど。


「でも、俺は……」


「わかってる。仲間を見捨てるのは嫌なんだよね」


 俺の気持ちを即座に姉が読んでくれた。


 姉は俺の前世を知って、全部を理解してくれている。


 皇太子との関係で腐女子としての思いを俺で晴らそうとする以外は本当に優しい姉なのだ。


 ちょっと矛盾してるけど、多分、良い姉のはずた。


「でも、相変わらずの修羅の攻撃力ですし、特に弓騎兵は結構今後も使えそうですね。次々と相手を減らしていってますよ」


 ヨハンがそう横で感心していた。


 実際、異常な戦闘力だった。


 俺が敵なら、絶対戦いたくない相手だ。


 鬼島津と戦った明兵とかこんな感じだったのかも。


 泗川の戦い(しせんのたたかい)の二千対十万の戦いが有名だが、実際、過去の島津の戦歴を見てもどれも普通に10倍20倍の敵にいつも勝ってるので狂ってる。


 誘い込んでの包囲殲滅作戦の釣り野伏せが有名だが、異常な鉄砲の所持量で普通は鉄砲を持たない侍ですら鉄砲を持ち(侍は蔑んでいた武器だった)、ここぞと言うところで集中的な火力を使うのだ。


 まあ、うちの修羅の場合、バーサーカーみたいになってるだけだけど。


 その結果、明は戦意喪失したし、明で超強力な下剤の漢方薬「鬼石蔓子(おにしまず)」が誕生したりした。


「この分だと、山に入る前に半分以上減るんじゃないですかね? 」


 ヨハンがそう笑顔で話すが、裏を返すとそれだけやられても敵の動きに恐怖を感じず、淡々とただ逃げているのが逆に俺にはやばそうに見えた。

 


 

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