第6部 第5章 指揮官いないのに追撃戦
「凄いな」
「鶴翼の陣って奴よね」
父のシェーンブルグ伯爵と姉が感動して修羅の動きを見ている。
「これが鶴翼の陣ですか。本当に翼を拡げたように動くんですね」
ゲオルクも自分の騎士団を指揮しないといけないのに、それを見たままである。
そして、シェーンブルグ伯爵の傘下の騎士達もどよめきをあげていた。
何しろ、陣立てがほぼ無い世界に初めて、陣を立てて動く軍団が現れたのだ。
相手は長蛇の陣と言っても陣じゃなくて、単純に移動したまま遭遇戦のように突撃してきているだけだ。
父のシェーンブルグ伯爵の書庫にはたまたまの遭遇戦で歴史に並列になった戦列騎馬でなくて、移動中の突発的な戦いは数度はある。
だが、このファンタジーな世界は流石である。
歴史のその戦いの姿は『無様(ぶざま)』と称されていて、恥ずかしい話になっていた。
遭遇戦くらいあるだろと思うのだが、それが無茶苦茶な戦いになったせいで、以後は双方の取り決めで、遭遇した時は戦わずに双方引いて、並列になった騎士同士の戦列騎馬に陣を引き直して戦うとか、馬鹿みたいな取り決めが出来た。
銃を持った者同士の戦列歩兵なら意味はあるけど、果たしてこの戦いに何の意味があるのか分かんない。
銃を持った者同士しなら、戦列歩兵だと面で勝てるので意味があるが、騎馬では無いよねみたいな。
まあ、隠れるところが無い平野だからこその陣で、19世紀あたりまで戦列歩兵は使用してる国がヨーロッパにはあったようだ。
日本の場合、平地が少ないのと、火縄銃が狙撃に適した瞬発式で一般のヨーロッパの火縄銃とやや違ったのと、日本にもともと特殊な弓術があったために、それの絡みで鉄砲足軽として、戦列歩兵にはならなかった。
まあ、日本の特殊性だが、もっと変わっているのは、最近の研究で大阪の陣ですでに日本は塹壕戦をやっていると言う。
そりゃあ穴ほって攻めたら撃たれにくいし、ヨーロッパの塹壕のジグザク式などもすでにやってて、なんなんだ、この国って感じである。
ヨーロッパで塹壕戦がメインになったのは第一次世界大戦だから、まあ日本が特異な国なのは間違いない。
「俺が現場の指揮官なんだがなぁ」
ヨハンがその鮮やかな移動を見て、他人事のように呟いた。
それ言ったら、俺が指揮してる軍団のはずなんだがなぁ。
俺とヨハンが馬鹿みたいに何もせず突っ立って、父のシェーンブルグ伯爵の陣でその戦いを見ている。
「いやいや、本当に指揮官無しのこれで良いのか? 」
横で父のシェーンブルグ伯爵が突っ込んできた。
いや、確かに駄目なんだけど……。
「即応性を高め過ぎたみたいで……」
「指揮系統は? 」
「あそこで俺が指揮しているはずなんだけど」
「俺も同じなんだけど」
そう、鶴翼の陣の最奥の本陣扱いの修羅の中核が守る陣が自分とヨハンの居ない、父のシェーンブルグ伯爵の100メートルくらい前に出来ていた。
「無茶苦茶だな」
「いや、流石に普通じゃ考えれない方向なんだけど」
などと、普通じゃない無茶苦茶やる父のシェーンブルグ伯爵や姉に言われると酷く辛い。
だが、指揮官がいないらも関わらず、修羅の的確な戦いは続いていた。
距離がある場合は躊躇な弓で攻撃しろと言ってある通り、中央に斬りこんでくるギードの騎士団に左右の陣から弓が注ぐ。
グルクルト王国の弓兵に遠距離攻撃で負けまくっただけあって、相変わらずのギードの騎士団の被害が物凄い。
うちの弓は父のシェーンブルグ伯爵が開発させた日本式の複合弓で複数の材料を張り合わせる事で射程と破壊力を向上させた 合成弓だ。
グルクルト王国の戦いもその日本式を真似た複合弓ほどではないが、似たような複合弓を使用していると聞いた。
ヨーロッパですら14世紀に百年戦争のクレシーの戦いで弓兵に負けまくって騎士の時代が終わったのに、未だに頑固にツェーリンゲン公爵家は騎士の戦いを続けていると言う。
それで本家のツェーリンゲン公爵家が負けたので、いよいよ陣立てが変わったと思えば、単なる突撃なだけだったようで、弓兵にやられまくって騎士が倒されながら、こちらの最奥の本陣に攻め込んできた。
その突撃はあっさり、修羅に阻まれて、即座に騎馬を切り返して戻っていく。
敵は死屍累々である。
鶴翼の陣は相手の突破力を止めて、包囲殲滅する陣である。
それで、押し包むのはできなかったが、そこで全てを無視する修羅の攻撃力が発揮された。
信じがたい事に包み込むように鶴翼のまま逃げたした長蛇の陣を追い始めたのである。
いや、敵の陣は長蛇の陣というよりは移動中の遭遇戦に見えるくらい適当な陣だ。
特に、逃げ出した騎馬というのは背中を見せていて、弓兵からすると射放題である。
それで、ヨハンに訓練させていた弓騎兵が凄い勢いで後を追って射ていく。
ここが手柄だと思ったのか、馬に乗っている騎兵の修羅もいて、それらも追撃を始めた。
「あれ? まさか、誘い出されている? 」
俺がそれを見て、そう思った。
そういう作戦はこの世界には無いはずなのだが……。
「えええええ? 」
指揮官のはずの俺がそう呟くと、現場指揮官のはずのヨハンが横で驚いた。
誘い出して包囲殲滅戦術などもヨハンには将来的に考えていて話してあるし、簡単に訓練もしているから、何が起こっているかヨハンにも分かったらしくて唖然としている。
「なんだか、おかしいよ。敵の兵が殺気を全く出してない。全部操られているように感じたけど」
姉がそう呻く。
黒騎士として血塗られた戦いをしてきた姉は殺意に敏感だ。
「単に相手に攻撃をして、すぐ引く様に命じられている動きだな」
父のシェーンブルグ伯爵も同意見だ。
「まずいな」
俺が騎士の甲冑を着たまま、自分の馬に飛び乗る。
そして、ヨハンも飛び乗った。
「とにかく、止めてきます」
俺がそう父のシェーンブルグ伯爵に話す。
「いや、お前が出るのは……」
「私も行くわ! 」
姉がそう言って騎馬に乗ってともに走り出す。
まさかの修羅の暴走であった。
前回が修羅の動きは指揮出来ずに暴走状態だったのに、皇太子に自分を覚えてもらうとかするより、こっちを何とかするべきだったか?
これは、失敗したかもしれない。
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