第6部 第1章 罠

 ヤマト・ピュットリンゲン伯爵が1000ほどの騎士を連れて出陣した。


 本来なら5000は動かせるはずが、彼は異常な行動をとるヴァンガゥ城の城主のギード・エックハルト・ツェーリンゲンの行動を止める為に騎馬だけで動いてる。


 弓兵が主体の軍編成なので、騎馬だけで絞るとそうなる。


 それでも、グルクルト王国ではピュットリンゲン伯爵家は騎馬が多い方だ。


 もともと、まだ騎士の正面並列突撃とか言う、元の世界でも特異で古すぎる形態を持つ世界の為に、それと戦う工夫をした結果、弓兵が主体になっている。


 ただ、彼の違うところは、弓騎兵をすでに考えて数百の部隊であるが運用を始めていた。


 なかなか、それは技術のいる事で、まだまだの段階ではあるが機動力とこの世界で遠距離攻撃が出来ると言う意味では、間違いなく最強クラスの軍団である。


 最悪も考えて、その弓騎兵を連れての移動だ。


 彼は前世の記憶もあり、修羅という集団戦術の雑兵の運用を始めている皇太子妃に最大限の警戒をしていた。


 とにかく、早く反乱を起こしているギードに追いついて、兵を引き返させねばならない。


 と言うかグルクルト王国の弓兵に負けても騎士の戦いに拘り、もはや、さらにその弓兵から時代を進めた戦い方をしている皇太子妃にすら負け続けている古い戦い方で即座に何も考えずに向かうと言う頭の悪さにいらついていた。


「あの馬鹿っ! 敵でいるときはこの上なく楽だったのに、何でこんなことに! 」


 ギードの馬鹿さは本当に凄くて、入り組んで敵地と味方の領地が入り組んだ場所を、同盟を組んだからと安心してグルクルト王国の領土を突っ切って皇太子の元に進軍している。


 双方からある意味敵対視されている部分のあるピュットリンゲン伯爵からすれば、用心に用心を重ねて生きてきた事もあって、この用心も何もないギードの馬鹿すぎる行動が呆れるし、何よりそれだけツェーリンゲン公爵家として今までぬくぬくと何の心配もなく生きていた証拠だろう。


「馬鹿すぎる! 」


 吐き捨てるようにピュットリンゲン伯爵が叫ぶ。


 今までは楽な敵だったのに、今は最悪の味方である。


 そしてグルクルト王国の領土内であった為に光の柱が騎士団の前に立つ。


 と言っても、凄い光の柱ではなく、5メートル程度の小さいものであるが。


 そして、その光の柱の中に2メートル近い長身の男が現れた。


 ピュットリンゲン伯爵が舌打ちをする。


 それは執政官であり『封印師』でもあるクオウであった。


 グルクルト王国の領土しか使えない転移を使って現れたのだ。


 ピュットリンゲン伯爵が騎士団の動きを止めた。


「クオウか? 」


「ええ。なぜ弓兵を連れておられないのです? 」


「いや、ギードの馬鹿が籠城してひきつけて戦わず、勝手に進軍したから止めに行ってるんだ! 」


 ピュットリンゲン伯爵がそう叫ぶ。


「彼らの戦い方なら、そうなると分かるでしょうに」


「いや、それなら先にあちらに警告しておけよ! 」


「警告して止まるなら、ツェーリンゲン公爵家は没落しなかったでしょうな」


 クオウが冷ややかに笑った。


 ピュットリンゲン伯爵が舌打ちした。


 こいつは全部知っていて、この作戦をしているのだ。


 つまり、連中だけでなく、ピュットリンゲン伯爵家も除きに来ていると言う事か。


 ピュットリンゲン伯爵が睨みつけるようにクオウを見た。


「ちょうど、双方がぶつかり合うに丁度いい平地があります。その近くには山があり狭隘地がいくつもあります」


「お前……」


 クオウの次の言葉でピュットリンゲン伯爵が絶句した。


 こいつは誘い出して弓兵を使って伏兵戦術を行って殲滅しろと言っている。


 つまり、こいつもまた戦争の時代を進めようとしているのだ。


「貴方なら、私が考えていることは分かるでしょうに」


「ギードの馬鹿を嵌めるのとは違うんだぞ? あの皇太子妃は怪物だ」


 ピュットリンゲン伯爵がはっきりと断言した。


 それはクオウに少し心の揺らぎをもたらせた。


「……ですから、ギードを囮に使えと言っているのです」


「……狭隘地に奴を置いて、皇太子妃を誘い込ませて包囲殲滅している所を弓兵で周りから伏兵で叩けと言いたいのか? 」


 ピュットリンゲン伯爵がその真意に気が付いたので、さらにクオウが眉を少し釣り上げた。


「その通りです」


「寝返ってきた奴を殲滅の道具に使うとか、今後のグルクルト王国は誰にも信頼されなくなるぞ? 」


「貴方のようにですか? 」


 そのクオウの言葉でピュットリンゲン伯爵が睨みあう。


 しばらく、双方が無言で睨みあった。


 横で控えているエッカルトが困り切った顔をした。


 勿論、エッカルトにはピュットリンゲン伯爵の怒りは良く分かったが、ここで何か叛意でも示せば厄介になるのがピュットリンゲン伯爵家のグルクルト王国での位置である。


「……グルクルト王国に寝返ってくるものがいなくなるぞ……」


「もはや、皇国は終わっている国ではありませんか」


「あの皇帝の深謀遠慮と皇太子妃のでたらめさを見てもか? 」


「では城を守る兵力を残すとしても、弓兵を1000はお連れください。ギードには書簡を出して私から献策いたしましょう。狭隘地に皇太子の軍を誘い込めと」


「そんな馬鹿な作戦に皇太子妃が乗るか? 」


「戦いながら引くように見せて引き付ければよろしい」


「あの皇太子妃の動きを見ていて、それが言えるのか? 」


 ピュットリンゲン伯爵が強く言い放った。


「陛下の命令なれば……」


 そうクオウが書簡をちらりと出して笑った。


 ピュットリンゲン伯爵の顔が歪みまくる。


「わかった! ギードの献策の方はお前がやれよ! 」


 そう言うとピュットリンゲン伯爵は城へと連絡を飛ばした。


「では」


 クオウが笑いながら、また光の柱に変わる。


 ピュットリンゲン伯爵に聞こえないように、頭の良すぎる猟犬と言うのも困ったものですねと囁いて。

 


 

 

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