幕間 第1章

 俺は帰るつもりだった。


 だが、皇太子殿下に抱き上げられて、何故か頬が真っ赤になってしまった。


 心臓のドキドキも止まらない。


 それで俯くしかなくなった。


 何が起こっているのか良く分からない。


 しかも、もう一度婚約してほしいと耳元で熱く囁かれた。


 本来なら、それはやんわりと断る方向に言うべき話で何故こんなに顔が真っ赤になるのか良く分からない。


 そういう方向の趣味は無かったはずだが……。


 長い間の男の娘への訓練がまずかったのか?


 そこへ、黒騎士のまま誰か分からないように面当てをしたままの姉とこの世界の父であるシェーンブルグ伯爵が歩いてこちらに来た。


 そして、顔を真っ赤にしている俺をじっと見た。


 なんとなく、黒騎士の面当てをして表情が分からないはずの姉が嬉しそうに笑ってるような気がした。


「あの……シェーンブルグ伯爵。実は彼女には婚約を解消する旨を話していましたが、ぜひ再度婚約したいのですが……」


 皇太子殿下が必死だ。


「いえいえ、皇太子殿下、皇帝陛下もこの婚約は正式のものとしてまして……我がシェーンブルグ伯爵家もそのつもりでございますから」


 そう父のシェーンブルグ伯爵と黒騎士は皇太子殿下の前に跪いて一礼した。


 それで、俺が凄い顔で父のシェーンブルグ伯爵と姉を見た。


 そんな、婚約はここまででは……。


 だが、よく考えたら自分の意志であるべきはずの話を戦場で戦ってひっくり返してしまったし、おまけにまだ頬が赤い。


「そ、そうか。皇家に送った書状を止めねば……」


 そう、皇太子殿下が焦りまくっていた。


 だから、皇太子殿下は俺……マグダレーネとの事で頭がいっぱいで、本当は一番に確認しないといけない事を聞いていなかった。


 シェーンブルグ伯爵と黒騎士が来たので慌ててやってきたアレクシスが少し殺気立っていたのが、皇太子殿下とシェーンブルグ伯爵の思わぬ話で驚いていた。


「あの……皇帝陛下はそのつもりとは? 」 


 それで、シェーンブルグ伯爵に聞いた。


「皇太子殿下は不義の御子ではないのも、御存知だ」


「で、では三公爵家のツェーリンゲン公爵家の当主を討ち取ってしまった事と、第二皇妃の御実家のオイレンブルグ侯爵家の当主を討ち取ってしまったことは? 」


「皇家とゼンクト皇国の国政を専横した事と、皇国の国費の横領の証拠が見つかっております。それで両家ともとり潰しになる流れですな。皇太子殿下の弟君はそちらで捕らえられているのでしょう? あの御方は、しばらくの間は幽閉される事になり、皇太子殿下が皇帝になられた後に許されて、辺境伯にでもなると思います」


「ま、待ってほしい! それでは、母は? 私の母はなぜ? 」


「皇帝陛下は皇太子殿下に許してほしいとの事です。三公爵家の監視と専横が凄くて、貴方の母君が貴方のもとに無事に行けるようにするのが精一杯だったとの事ですので」


 皇太子殿下も驚きで固まっていた。


 それよりも、俺の衝撃が……。


 ええ? 


 話の激変が凄すぎる。


「そんな、都合のいい話がありますか? 」


「ふふふ、単なる武官にはわからんでしょうが、皇帝と言えども正しいからと言って政事(まつりごと)を自由に出来るような環境では無かったのは皇太子殿下もご存じのはず。長い間、外戚として力を振るっていた三公爵家ですから。だから、皇帝陛下は神の子に全ての未来を賭けた。そう言う事です。そして、神の子は貴方を選んだ」


 父のシェーンブルグ伯爵が皇太子殿下の側近の武官のアレクシスに笑った。


 いやいや、どっちになっても皇帝は大丈夫になってたわけじゃん。


 この勝ちで三公爵家の邪魔だった筆頭のツェーリンゲン公爵家の排除は出来たから良し、そして、もしもツェーリンゲン公爵家にこの皇太子が負けて亡くなっても、責任を取らされたグンツ伯爵家の鉱山は全部皇帝が取り上げだし。


 本当に都合のいい話だ……。


 なんという政治手腕。


 皇帝ってどうしょうもない人だと思ってたけど、物凄い切れ者なのでは?


「しかし、三公爵家のトップが潰れたとしても、まだアルンハルト公爵家とリンブルフ公爵家がありますぞ。内戦になるのを皇帝は傍観するおっしゃるので? 」


「いやいや、アルンハルト公爵家の当主と後継者の兄の方は我々が受けた盗賊の急襲の時に残念ながら亡くなられました。それでエードアルト殿がアルンハルト公爵家を継ぐ事になりますな」


「は? 」


「え? 」


 皇太子殿下とアレクシスが絶句した。


 俺も絶句した。


 その盗賊ってうちのなんだけど……。


 ちらとこっちを伺っているヨハンを見たら、必死に手を左右に振って俺達じゃないと身振りで答えた。


「そ、そんな……都合がいい話が……」


 アレクシスの言葉が震えている。


「君達にとっても都合がいいだろう?  」


 その俺の父親のシェーンブルグ伯爵の優し気な一言でアレクシスが本当に真っ青になった。

 

 俺も唖然とした。


 父は知ってる。


 エードアルトが転生者である事を、そして、この皇太子付きの武官から大半の皇太子殿下の麾下の兵士が転生者であることも。


 という事は、これはやっぱり転生者の革命じゃん。


 それを主導しているのか? 


 父のシェーンブルグ伯爵が。


「で、では。私は一度、実家に戻りまして……」


 と皇太子殿下にそう俺が頼み込む。


 いろいろあり過ぎて、良く落ち着いて考えたいと思っていた。


 そうしたら、とんでもない事を父のシェーンブルグ伯爵が言い出した。


「すでに夜になりますし。皇太子殿下の城に私の兵士達が入るのも問題があるでしょうから、城下で一日休ませたいと思いますが……」


「は? 」


 皇太子殿下より俺の方が唖然とした。


「いやいや、婚約者の父であるシェーンブルグ伯爵と傘下の方々を城の外でと言う訳にはいきません。是非とも、城で一泊なさってください」


 そう皇太子殿下が慌てて話す。


 まあ、そうだよね。


 アレクシスさんも困惑しきっていて、それに異を唱えられない。


「ここが勝負だぞ! 」


 そして、父のシェーンブルグ伯爵が俺に囁くように言うと、にっと笑った。


 アレクシスさんが困惑して呆然としている横で、俺も呆然としていた。


 まさか……本気で男の娘計画を……。


 

 


 

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