第3部 第6章 種明かし

「リンブルフ公爵家の方は? 」


 アルンハルト公爵が険しい顔で部下に聞いた。


「何か変なものを足元に撒かれていて次々と騎馬の騎士が死んだという事で、今、それの除去を必死にしているそうです」


「戦場には行けんのか? 」


 アルンハルト公爵が呻く。


「エードアルトを行かせましょうか? 」


 エードアルトの兄がアルンハルト公爵に囁く。


 エードアルトは横に控えていた。

  

 だが、普段と違う少し明るくなったような目をしていた。


「馬鹿な、あの数では勇者が一人行ったところでどうにもならん。並列して行軍しているシェーンブルグ伯爵家とともに攻めるしかないが……返事は無いのか? 」


 苛立たし気にアルンハルト公爵が叫ぶ。


「はい、ただいま、戦闘中なれば、現在の陣から動く事はかなわずとの事」


「どこに戦闘があるというのだ! そもそも、伯爵風情が公爵家に対しての言葉か? 」


 エードアルトの兄が吐き捨てる。


「むう。やむを得ない。わしが言って説得してくるか」


「おやめください。父上」


 いきなりエードアルトがアルンハルト公爵に跪いて告げた。


「父だと? 貴様に父と言われる筋合いは無いわっ! 」


 そうアルンハルト公爵がエードアルトの顔面に鞭を振るう。


 仮面がそれを妨げるが、それでも顔に容赦なく鞭打たれて仮面が外れて顔に新たな痣が出来た。


 エードアルトは黙って、それを耐えていた。


 エードアルトの母である後妻の公爵妃は転生者の子を産んだことで実は追放されている。


 そして、エードアルトが転生者の子である話はアルンハルト公爵と兄と極わずかな側近しか知らないで、表向きはある事情があって妻は離縁とされたとした。


 それゆえ、アルンハルト公爵家では追放された公爵妃が浮気したのではとすら囁かれていた。


 それゆえに、息子の勇者に対する暴挙をアルンハルト公爵がするのを誰も止めなかった。


「わしが直接に行けば、無礼者のシェーンブルグ伯爵も動くであろう。このままではツェーリンゲン公爵家が滅んで、我らも負けてしまう」


 そう慌てるとエーデアルトの兄と側近のブレンドンを引き連れてシェーンブルグ伯爵の元に向かった。


「貴様も来い」


 そうエードアルトの兄が罵るように話す。


 それで鞭打たれたエードアルトはのろのろと後に続いた。


**************************


 シェーンブルグ伯爵は椅子に座って前方の戦場を凝視したまま、わざわざ来たアルンハルト公爵に挨拶どころか振り返る事もせずにいた。


「貴様、わしがわざわざ来たのに椅子に座ったまま振り向きもせずか? しかも、この戦場で椅子だと? 進軍する気はないのか? 」


「様子を見てますから」


 振り向きもせずにシェーンブルグ伯爵が答える。


 シェーンブルグ伯爵はじっと戦場の様子を見ていた。


 そばには黒騎士の恰好をした姉が付き従っている。


「なぜだ! なぜ貴様は軍を前に進めんのだ! このままではツェーリンゲン公爵家が滅んでしまう! 」


「良いじゃないですか。貴方が皇国の実権を握れますよ。もう一つのリンブルフ公爵家よりはアルンハルト公爵家の方が皇帝に近しい訳ですし……」


 振り向きもせずにシェーンブルグ伯爵が答える。


「な! このまま見捨てろと言うのか? 」


「さあ、貴方にとってはその方が良いのではと思っただけですよ」


 シェーンブルグ伯爵はそのまま前を見たままだ。


「シェーンブルグ伯爵殿! 父はアルンハルト公爵ですぞ! いささか礼を知らなさすぎるとは思いませぬか?  」


 エードアルトの兄が叫ぶ。


 まだ彼は公爵家を継いでいないので、爵位もちではないから敬語だが、あからさまな不快感が見て取れた。


 だが、シェーンブルグ伯爵は相手にもしていなかった。


「このままでは、あの皇太子が後を継いでしまうではないか! 」


 そうエードアルトの兄が叫ぶ。


「き、貴様、まさか、自分の娘を皇太子妃にしたいというのか? 」


「流れしだいですな。決めるのは全て神の子です」


「何が神だ? 転生者だろうが! 」


 エードアルトの兄が叫ぶ。


 それはエードアルトに対する蔑視とともに行われた。


「アルンハルト公爵は計画を全てご存じのはずですがね? 」


 シェーンブルグ伯爵がはじめてアルンハルト公爵に向き直る。


「……本物……なのか? 」


「ええ、双子が産まれたのはご存じと思いますが、弟の中にいらっしゃいます」


「は? 」


 エードアルトの兄がその言葉に驚く。


 勿論、エードアルトの方もだ。


「男の娘計画か……」


「女神エーオストレイル様はこの地に降臨されたときに悪鬼羅刹を始末するために、男の神として顕現されて、それらを平らげました。そして、全てを倒して浄化した後に女神に変わられて今度は大地に平和と豊穣と繁栄をもたらしました。だから、男から女に変わられるのですよ。あの御方はね」


 シェーンブルグ伯爵がにやりと笑った。


「だが、転生者の魂が混ざったと聞くが? 」


「はははははは、それは女神エーオストレイル様の行ったことであり、人ごときが騒ぐことではありますまい」


「馬鹿な、転生者などと混ざった女神などっ! 」


 アルンハルト公爵が叫ぶ。


「残念ですな」


 シェーンブルグ伯爵が呟いた。


「一応、息子として忠告はしたのだな」


 そう黒騎士がエードアルトに念を押すように聞いた。


「ああ」


 エードアルトが頷いた。


「では貸しだぞ? 」


 そういうと、黒騎士が一瞬にして剣で、アルンハルト公爵とエードアルトの兄の首を飛ばす。


 一瞬だった。


「あと、君が転生者だと知っているのは、私の調査ではそこのブレンドンだけだったな……」


 そうシェーンブルグ伯爵がエードアルトに呟いた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 」


 ブレンドンがあまりの展開で絶叫をあげた。


「君がアルンハルト公爵家を継いだらいい。そして、この側近の男を殺すかどうかは君に任せよう」


 シェーンブルグ伯爵が優しくエードアルトに話しかけた。


「しかし、私は転生者で……」


「誰もそれは知らないのだろう? 」


「しかし……」


「やれやれ、気が付き給えよ。私も転生者だ」


 そうシェーンブルグ伯爵が笑った。


 凄くエードアルトが驚いた顔をした。

 

 ブレンドンが逃げようとしたのを黒騎士が遮った。  


「どうするの? 」


「アルンハルト家に仕えて長い忠義。……すまんな」


 エードアルトが背後からブレンドンを刺し殺した。


 エードアルトはシェーンブルグ伯爵家の仲間に入るには手を汚さないといけないのを即座に気が付いて実行した。

 

 黒騎士が事によっては自分も斬る動きをしていたからだ。


「……これはまさか……皇帝陛下もこうなる事をご存じなのですか? 」


「皇帝が全ての絵を描いている。もう、この皇国も斜陽で、このままでは終わりだからな……」


「まさか……」


 震えるようにエードアルトが顔を上げた。


「そうだ。君の想像であっている。君は頭も良く回るようだな。今後はいろいろと協力してくれると嬉しい」


 シェーンブルグ伯爵がそう呟いた。


 そう、エードアルトの予想通り皇帝もまた転生者だったのだ。


「これでめでたしめでたしだな。君の第二公爵妃の母上も実は転生者だ。いる場所は調べてあるから、公爵位を継いだ後に迎えに行くと良い」


 シェーンブルグ伯爵がそうポンとエードアルトの肩に手を乗せると、エードアルトは号泣した。

 

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