第3部 第5章 斬首

 森を抜けてやっと俺達が戦場につく。


「嘘」


「凄い」


 アメリアとニーナがそのあまりの圧倒的な戦いに唖然とした。 


 バーサーカーは凄かった。


 ヨハンの調練が凄かったのかもしれない。


 見事に作戦通りにカルトロップで敵を分断し集団戦術で敵を殲滅していっていた。


 指揮するはずの俺もいないのに、ちょっと悲しい。 


「貴様らっ! 」


「正々堂々と戦えっ! 」


 半狂乱になってツェーリンゲン公爵の騎士たちが騒ぐ。


 それを全く相手にせずに、次々とヨハン達は集団戦で殺傷していく。


 さっき絶叫をあげてバーサーカーのようになっていたのに、俺が訓練の時に命令した通りに戦っていた。


 ただただ無言で斬りつけていく。


 それが相手に恐怖を増させる。


 実際に昔聞いた話では、暴走族の全盛期に無言で斧とかで斬り込んでくるグループがいて、無茶苦茶恐れられていたと聞いていた。


 我々は個人戦が当たり前の世界に集団戦を持ち込み、本来なら道に外れた事をして

いるのだ。


 話し合いをしに来たのでは無く殲滅しに来たのだ。


 だからこそ、斬りつけるときの掛け声などは構わないが、相手の言葉に耳を貸すな、淡々と殺していけ、彼らの恨みの声に付き合わずに、まるで淡々と作業をするように無言でと、それが相手に恐怖を呼ぶからだ。


 そして、その恐怖が全軍に伝染していく。


 それは実際に起きていた。


「なんだ、こいつら? 」


「騎士じゃない、盗賊か? 」


 正体不明の淡々と殺してくる敵に対する恐怖が伝染する。


 その結果、分断されて攻撃をまだ受けていない側のツェーリンゲン公爵の軍の方は分断された仲間を助けようにも、次々と原因不明の落馬による死傷で、目の前で何が起こっているのかわからずにただ恐怖していた。


 草叢に隠れたカルトロップが馬の脚を貫いてるとはすぐに気が付かないようだ。


 混乱している上に正体不明の軍がツェーリンゲン公爵とオイレンブルク侯爵と第二皇太子の軍を殲滅していっているのだ。


 最初はツェーリンゲン公爵の傭兵が逃げだした。


 ベテランの兵士と言うものは、どの世界でも同じだが、それが勝てる戦いかどうかを見極めるのが早い。

 

 実はどんな戦闘でも生きて帰ってくるのは、これは駄目だと戦闘を見切ったらとっとと仲間を置いて逃げるものだけだ。


 だからこそ長生きするのだ。


 だから、傭兵達は勝てないと見て逃げ出した。


 訓練が行き届いた戦争経験のない軍隊が、凄腕のベテランの軍隊に勝つのは意外とある事で、実は訓練が行き届いた戦争経験のない軍隊の方が逃げないで戦うからである。


 その結果ツェーリンゲン公爵の軍は総崩れになりだした。


************************************

 

「こ、これは……何が起こっているのだ」


 死を覚悟して戦いに挑んだ皇太子が衝撃の展開に驚く。


「……陛下、そのまま貴族は貴族として、騎士は騎士としての堂々たる皇太子としての戦いを続けてください」


 アレクシスが助言した。


「いや、変な連中が来て無茶苦茶しているぞ! どういうことだ? 」


「彼らは盗賊です」


「いや、盗賊が、あんなに精強なわけなかろう! 」


 皇太子が叫ぶ。


「シェーンブルグ伯爵家から勇者の黒騎士が先ほど連絡をくださいまして、もし戦場に何か起こっても、そのまま皇太子殿下は皇太子としての誇りある戦いを続けてくださいとの事です」


「シェーンブルグ伯爵家から? 」


「さあ、皇太子殿下に従う者どもよ! 我らは皇太子として誇りある戦いを続けよっ! 皇太子殿下の名誉をお守りするのだ! 安心しろ戦いは我らが勝つ! 」


 アレクシスの叫びが皇太子の軍に響いた。


「馬鹿な。貴族の軍があの盗賊のようなものに襲われているのを見て見ぬふりをしろと言うのか? 」


「亡くなられた母君がおっしゃったはずです。世界の歴史は変わると」


「……神の子の話か? ま、まさか? これはマグダレーネ嬢が? 」


「偉大なる女神エーオストレイル様はこの世界に降臨なさった時に、鬼のような戦いぶりであらゆる地に住む悪魔を滅ぼしたと。それは悪鬼のような男の姿で激しく戦われたが、それが終わった後に変性なさって女神として変わられて、全てを浄化して大地に平和と豊穣と繁栄をもたらしたと……」


「……産まれ……変わりだと……母が……」


 皇太子が呻く。


「貴方を助けるために全てを捨てられて戦われておられるのです。マグダレーネ嬢は……」


 アレクシスが少し泣きそうな顔で告げる。


「そうか……母が亡くなって、そち達しか残らなかったと思ったが……そうか……私にはまだ助けてくれる御方がいたのだな……」


 皇太子が静かに涙を流した。


********************************


「何が起こっているのだ? 」


 ツェーリンゲン公爵の本陣にいる第二皇太子が呻く。


「わかりません。盗賊のようです」


 第二皇太子の祖父ではあるが身分が違うので、オイレンブルグ侯爵が跪いて話す。


「馬鹿な、こんな盗賊どもに我らが負けるのか? 」


 ツェーリンゲン公爵が横で呻く。


 その前にニーナのように双剣でヨハンが立った。


「なんだ、貴様は? 」


「この盗賊風情が……」


 御付きの騎士たちが喚くが次々と倒して押さえ込む形でヨハンの兵達に三対一で捕り押さえられて頸動脈を斬られて死んでいく。


 御付きの騎士達の血が滝のように噴き出ている。


「な、なんだ。貴様は? 」


「盗賊だ」


 ヨハンが初めて口を開いた。


「盗賊だと? こんな戦場に金など無いぞ? 」


 ツェーリンゲン公爵がそう喚く。


 貴族にありがちだが、お付きの者が戦うので実戦経験のない彼は剣を抜くことすらしなかった。


 身分でそういう下々の者のような事はしてはいけないと習ってきたのも悪かったのだろう。


「国を盗りに来たんだ」


 ヨハンがにっと笑った。


「国だと? 下賤な貴様らがか? 」


「ああ、修羅にはそんなの関係ないからな」


 ヨハンがうそぶく。


「き、貴様! 本来ならばわしに口を聞く事も出来ない身分でありながらっ! 」


「身分が違うからって言うので、貴様の馬車の前を通りがかった女性を斬ったことがあるだろう。覚えているか? 」


「は? そんな事は当たり前で無いかっ! 普通の事だ! そんな事はいくらでもある! 

いちいち覚えていられるか! 」


「そうか、ならば今度はお前の番だ」


 ツェーリンゲン公爵が叫ぶと同時に首を跳ねられた。


「お前は地面に転がって世界が変わる様を見て行けばいい。母さん、敵はとったぞ」


 ヨハンがそうせせら笑って、ツェーリンゲン公爵の首を踏みつけた。


 ヨハンの母は子供のヨハンが病気の時に薬を何とか得ようと必死にお金を走り回って工面して買ってきたところで、ツェーリンゲン公爵の馬車の行列の前にうっかりと出てしまい、御付きの騎士に邪魔だと斬り殺されて死んでいた。


「ま、待ってくれ……金ならある……」


 その惨劇を見たオイレンブルグ侯爵が命乞いをした。


「残念。欲しいのは国なんだ」


 血まみれのヨハンはそう言うと、オイレンブルグ侯爵の首を斬り落とした。


 第二皇太子はヨハンの部下に捕らえられた。


 最初からの計画通りだ。


 第二皇太子の彼はこれから死ぬまで長い事幽閉されることになる。


 バックにいたツェーリンゲン公爵家とオレインブルグ侯爵家はこの負けで解体される事になるので、何の背景も持たないし、誰の助けも来ない無力な皇太子に変わるのだ。

 


 




 

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