第3部 第4章 演説

「あの……お嬢様」


 そう恐る恐る声がかかる。


 馭者の声だ。


「どうしました? 」


「先ほどからシェーンブルグ伯爵家の家中の方かと思われる方が出入りなさっているのですが、お嬢様は大丈夫ですか? 」


 馭者が心配そうだ。


 あまり心配をかけさせてはいけないと思い、反射的に馬車から出た。


「あ? 」


 アメリアの異様な言葉が響く。


 そう俺は慌てて出たばかりに甲冑姿だったのを忘れていた。


 そのせいで、馭者は凄い顔をしていた。


 しまったと思ったが、どうしょうもない。


 そして、俺が出てきたので、もう良いのかと思ったのか、一斉に草叢とか木の陰からヨハンの軍団が集まってくる。


 そして、彼らは俺の前に次々とひざまずいていく。


 4000人もいると壮観だなと感心する。


 重装ではないが、冒険者のような革と金属を織り込んだ鎧を着た連中だ。


 ヨハンの仲間で想像はついてたが、荒くればっかりでやんの。


 どうしょうかと思ったら、ヨハンが厳かに俺の前に来てひざまずいた。


 ヨハンの胸にあったらしい、シェーンブルグ伯爵家の紋章は削り取られていた。


 何か言えと言いたいのか、ヨハンがちらちらと甲冑姿の俺を見た。


 仕方ない。


「これから、ツェーリンゲン公爵の軍の背後から奴らを襲い敵を殲滅する! かねてからヨハンに命じていたように訓練通りに戦ってくれ! 」


 一応、訓練の進捗は受けていたので、間違えて無ければ集団戦は彼らは大丈夫だと思われる。


「ははっ! 」


 ヨハンがまるで号令のような大声で承ったように答えた。


「良いかっ! 我々はシェーンブルグ伯爵家ではない! 貴族ではない! 騎士ではない! 外道である! 外道の戦いをする修羅である! 修羅は修羅として敵を駆逐する! 時代は我々についてくる! 我々こそ、歴史を作るのだっ! 」


 ここで、律と仲が良かった頃の厨二が出た。


 もう、なんというのか、悪の組織のトップみたいな感じで偉そうげにやった。


 なんだよ、修羅って……。


 後に、この世界には足軽でなくて修羅と呼ばれる兵士ができる。


 聞くたびに恥ずかしさのあまり七転八倒するようになるのは後の事である。


 しかし、しなければならなかったのだ。


 外道の戦いを訓練されていてもやはり心は苦しいはずだ。


 まだ、国王が国民に対して話しかけることもない世界だ。


 勿論、この世界には演説というものすらない。


 だが、演説で世界は変わるのだ。


 意識が変わるのだ。


 だから、しょうがない。


 身分制度でこんな盗賊に近い傭兵にならざるを得なかった連中に、まだ、この世界には無い演説という呪いと言葉でさらなる劇薬を彼らに注ぐ。


 彼らの心を奮い立たせて功名心を刺激するのだ。


 もう、アジテーションである。


「歴史が変わればお前たちは歴史の中心になる! 修羅として世界を変えて、のし上がれ! この腐った世界を変えよう! 腐りはてた貴族ではない! ただ言われたとおりに戦う騎士ではない! 修羅たる我々こそ、この世界の変革者なのだ! 我々こそ、この世界の本道を行くものだ! 戦えっ! 抗え! 修羅どもよ! 」


 俺が絶叫した。


 それの効果は凄かった。


 一斉に全員が立ち上がって吠える。


 身分差別でずっと生きるかどうかで生きてきた者たち。


 戦いでしか生きれなかった者たち。


 身分の為に上を望むことができなかった者たちに、俺は身分制度を壊して上に行けと言っちゃったのである。


 ヨハンとか涙を流していた。


 やっちゃった。


 やりすぎちゃったかも。


 ひょっとすると、演説というか檄を飛ばす事が俺のもう一つのチートになるのかもしれない。


「敵はツェーリンゲン公爵だ! あの腐れ貴族を討ち取れ! 」


 俺がとどめに叫んだ。


 それで俺という指揮官はほったらかしで死兵になった彼らが戦場に突撃した。


 困ったことに俺の指揮の補佐をするはずのヨハンが最初に全力で突っ走って戦場に行っちゃった。


「誰もいねぇ……」


 俺が唖然として誰もいなくなった馬車の上で呟いた。

 

 演説の無かった世界で彼らの欲しかったものを奪い取れと檄を飛ばして演説したのだ。


 完全にアジテーションである。


 効果すごすぎぃぃ。


 護衛すらも馬車の周りにいなくなって、ヨハンの軍団はそのまま戦場に全員で突撃していっちゃったのだ。


「私達がいますよ」


 背後から声がかかる。

 

 アメリアとニーナだった。


「いや、君たちはメイドだし」


 そう俺が振り返ると甲冑を着ていた。

 

 それが凄く決まっている。


「戦闘メイドですから」


 そうアメリアが答える。


 絶対にオタクの知識が入っている。


 困ったもんであるが、俺の察知は彼女達が無茶苦茶強いのを教えてくれる。


「まあ、兵に連絡してくれる人がいないと困るもんね」


 俺がそう自分に言い聞かせた。


 メイドを戦場に……は外道の俺にも気が引ける事だったから。


 戦場の方から凄まじい阿鼻叫喚の声がしてる。


 ぶっちゃけ、何かやばいもんでも打たれたバーサーカーが個人戦だけしか知らない軍に集団戦で殺到したのだ。


 恐ろしや。


 この結果、後世の史家に地獄の窯を開けたと俺はずっと非難される事になる。


 でも仕方ない。


 外道とはそういうことなのだ。


「あの……姫様……」


 そう馭者が跪いていた。


 うっかりと俺は忘れていた。


「あの……内緒にしてくださいね」


「はい……」


 しまったな。


 演説が姫の演説でなくて男のする演説だったわ。


 ばれたかな? 


 でも、声色は少女だし。


「姫様……殿下を……殿下をお助けください」


 そう、馭者が涙を流して祈るように俺に話した。


「必ず助けます」


 そう俺が答えた。


 これは皇太子だけでなくて俺を助ける事でもあるのだ。


 もう、死んだような人生は御免だ。


 そう、俺がアメリアとニーナの二人の戦闘メイドを連れて戦場に向かう。

 

 なんと、ヨハンが用意した俺達の馬を猛り狂った連中が乗って行っちゃったらしくて馬がないそうだ。


 まさかの三人で戦場で走っていくという情けない状態だ。


 正体不明を守るために皇太子の馬車はまずいし。


 甲冑が重いので、助けに行くまでに疲労で死ぬかもしれない。

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