第3部 第2章 圧倒的な戦力差
心が狂ったように悲鳴を上げ続ける。
『また、見捨てるのか? 』
そう頭の中でその言葉がぐるぐると回る。
「またしても、またしてもか? 」
俺が呻く。
その時に心が狂ったようになっている時に一つの言葉が鳴り響く。
『律君の時のように後悔しないようにね』
姉の最後のあの言葉だ。
それが目を覚まさせる。
何もしなければ、また、あの死んだような日がこちらの世界でも始まる。
ならば、今の状況で何かできることがあるかもしれない。
まずは戦況を確認しよう。
「時間をくれ……」
俺がアメリア達に祈るように頼む。
アメリア達は静かに頷いた。
俺が索敵を始めた。
すでにツェーリンゲン公爵家が軍を出していると話していた。
ならば、細かいところまでは分からないが、兵の数だけでも……。
そう、索敵を拡大し始める。
それは戦場になる城の周辺だけでなく大きな範囲の索敵だ。
「ツェーリンゲン公爵家……だけで9000? 」
俺があまりの兵数に驚いていた。
ほぼ全軍を出しているのではないかと思われた。
そして、オイレンブルグ侯爵家もいるのだろうが……。
「三公爵家のアルンハルト公爵家とリンブルフ公爵家が付き合い程度とは言え3000ずつか……。合わせて15000? 」
俺が絶望的に呟いた。
アメリアとニーナも圧倒的な兵力に驚きを隠せないようだ。
「15000対3000で貴族は貴族、騎士は騎士の戦いでやれば勝てない。いや、集団戦をやっても勝てない。圧倒的な数の差だ」
俺がめまいをした。
「うちのシェーンブルグ伯爵家は3000。兄が集めた連中も4000くらいです」
そうニーナが呻く。
「シェーンブルグ伯爵家は動けませんよ。それをすれば皇国を敵に回します。だから、ヨハンの集めた連中だけでしょうね。参加できるのは……」
「でも、シャルロッテ様は……」
「それはそうでしょうけど。でも動かすまでは無理でしょう。シェーンブルグ伯爵家の御当主が許さない。やれるとしたらシャルロッテ様だけです」
「姉さんは手練れだけど、せいぜい100人から200人だな……」
俺がそう呟いた。
いくら姉が勇者で強いといっても限界がある。
「城に籠れば別だが……」
「じゃあ、籠らせればいい」
そう、いきなり馬車に飛び乗ってきた男が話す。
「いやいや、無茶苦茶しすぎでしょ」
俺がその飛び乗ってきた男、ヨハンに突っ込んだ。
「城に籠らせて背後から撃てば良い。俺の手勢だけで急襲すれば」
もう、すでに貴族は貴族でもなく騎士は騎士でもない戦いをする気満々で突っ込んできた。
「駄目だ。不義の子を討つが合言葉になっている。不義の子では無いと立派に戦うのが皇太子の願いだ。だから皇太子は籠城はしない」
「またまた貴族様ってどうして、そうなんだろうな? 」
「下手な戦い方をすれば亡くなった母親に合わせる顔がないと思っておられるのだ」
「勝った後に歴史で正面から戦って勝ちましたって歴史の記録を変えればいいじゃん」
「いや、そういう発想は、あんたしかできないよ」
俺が苦笑した。
本当にこの世界の人間にしてはヨハンは一線を超えている。
「兄様、15000だって。総勢」
「何っ? 8000から10000とみてたのに……」
「本気で殲滅するつもりですよね」
アメリアが横から突っ込んだ。
そして、ヨハンは想定より敵が多いので、流石に戸惑っている。
多分、三公爵家は傭兵もつれてきていると思われるが、そういうのは貴族は貴族と騎士は騎士という戦い以外が始まった時には、それに合わせてくる可能性はある。
傭兵だから、雇い主の問題はあるが、自分達が死んでしまっては意味がないからだ。
「これは……無理かな? 」
ヨハンが見るからにがっかりしていた。
ヨハンの手勢が4000でこちらの味方になるかどうかわからない皇太子の部下が3000。
シェーンブルグ伯爵家の3000は参加は難しい。
となると集団戦でやるにしても数が違い過ぎるのだ。
「せっかく、地図とかも持ってきたのに……」
ヨハンが不貞腐れた顔で地図を出した。
「それを見せてくれ……」
地図を見る。
街道が3つあり、それからそれぞれツェーリンゲン公爵が正面の街道から、左右の街道はアルンハルト公爵家とリンブルフ公爵家がそれぞれ別の街道を進む。
呪いの言葉があるので、皇太子が正面から攻めてくるのを疑っておらず、堂々した行軍だった。
そして、俺が城の方を見た。
「嘘だろ? もう夕方なのに……これからするのか? 」
「本当に散るつもりなんですね。まだ暗くなるまでに4時間はありますが、それで終わると思っているんでしょう。普通は暗くなったら一旦戦争は止めますからね」
この世界は日の出てる時だけに戦うという元の世界のすごく古い時代の戦争をしているのだ。
だから、夜襲もない。
「あああ、もう駄目か。終わっちまう。暗くなればそれで襲撃もできたのに……」
ヨハンの絶望的な顔が酷い。
「そもそも、皇太子妃殿下は戦うか決めておりませんし」
そうアメリアが突っ込んだ。
「元だろ? こりゃ、どうしょうもないな。せっかく、姉君の言葉も持ってきたのに……」
「は? 」
「姉君は私が見守っているので、思う存分やりなさい。最初に言いましたよね。後悔して死んだような貴方にはなって欲しくありません。どうなっても見守っているから、後悔だけはしないようにしなさいと……何があっても私は貴方と共にいます。例え、それが滅びであってもと……」
姉は俺が戦うのを許容していた。
そして、共に滅ぶとまで話した。
俺がたまに律のことを思い出して暗い前世のような死んだような顔になるので、姉がそれを心配したのか何度もしつこく聞いてきた。
そして、それを全部吐き出すように話したら、抱きしめてくれた。
俺の人生で、それだけ言ってくれる人は姉が初めてだった。
前世の母親は愚痴ばかり、父親は家に帰らない、友達は律だけだった。
だから、律がいなくなった時に何もできなかった俺は死んだように生きるしかなかった。
こちらの世界の父は屋敷にいないし、本当かどうかは知らないけれど母は無理な出産で亡くなったと聞いた。
だが、姉はいる。
姉はいるのだ。
なぜか、それで涙が出た。
「ボ、ボン……」
そうヨハンが少し戸惑った顔をした。
そして、アメリア達は心配そうに俺を見ていた。
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