第3部 第1章 悲報
先ぶれの執事らしい人物からの連絡では、皇太子殿下と一緒に昼食も食べるはずだった。
実際、朝食は皇太子殿下と一緒にいただいた。
正直、会食と言うのは姉とともに食事をした以外は特に経験は無かった。
まあ、その経験は、この為のものだったっぽいので、おかげで特にとちることも無く出来た。
朝食の最初に私が席に着く前に皇太子殿下は立ち上がって深く俺に頭を下げた。
「母上との約束をシェーンブルグ伯爵家が守ってくれたことに心からの感謝を……それと婚約者として来てくださったマグダレーネ嬢に深い感謝をと……」
それは冷血と言われた皇太子とは思えないほど、心がこもっていたお礼だった。
ただ、顔は少し強張っていた。
エードアルトが話す通り、第一皇妃の命が危ないのだろう。
そして、もう一つ気になったのが覚悟を決めた人間の顔をしていた。
その覚悟が何なのか、今の段階ではわからないのだが……。
そして、それから昼食を一緒にするはずなのに、すでに昼過ぎなのに連絡がない。
昼食が遅れるなら遅れるで、こちらに連絡が何も無いのが気になっていた。
何か起こっている可能性が高い。
「中々、昼食のお呼びがかからないですね? 」
ニーナがそう呟いた。
その瞬間、心臓にキリッと来るような何かの悲痛な感情の塊を城から感じた。
それは俺のチートを今は使っていないのに響いた。
身を震わすような感覚だ。
激しく身を裂かれるような感じもした。
俺がガバっとその気配の方向を見た。
「どうか、なさいましたか? 」
アメリアが少しびっくりした後、俺がその気配を感じて向いた方向を見て息を飲んだ。
それはちょうど、昨日に皇太子について行った第一皇妃が寝ている方向だった。
俺が無意識にチートの気配察知を使ってしまう。
その瞬間に絶望と諦めと何よりも自分の一番大切にしていたものとの切り裂かれるような別れの悲鳴のようなものを感じる。
「嘘だろ? 」
確かにエードアルトは今日かもしれないと告げていた。
だが、まさか、こんなに早く。
「まさか……」
「え? 」
アメリアの言葉にニーナが驚いた。
「……駄目だったか……」
俺がずっと喋っていたお嬢様として言葉でなく、男の俺としての言葉で喋った。
ただ、例のごとく姉の薬のせいか、もしくは第二次性徴の前のせいなのか、声は高音だったので、男性の声には聞こえないだろうが……。
アメリアとニーナが簡単に胸で手を組んで黙とうをした。
勿論、俺もだ。
これはこの世界の大切な人が亡くなった時の追悼の儀礼である。
そして、焦る。
まだ、俺はどちらにつくか決めていなかった。
多分、皇太子としては、不義の子を否定するために、貴族は貴族として騎士は騎士としての戦いを選ぶのは間違いないと思われた。
それこそ、不義を疑われた子としての義務でもある。
だが、それは死ぬ為の戦いになる。
それを部下達はどう受け止めるか。
転生者ではあるがアレクシスは皇太子付きの武官として死を共にするかもしれないが、転生者の部下達はそれに従うのかどうか。
俺を人質に皇家と交渉なんて馬鹿な事を考える可能性もある。
「ニーナ。戦う準備をしておきなさい。ヨハンにも連絡して状況によっては動いてもらうと伝えて」
「分かりました」
アメリアがニーナに命じた。
そして、ニーナは懐から笛を出した。
その笛は聞こえない。
恐らくは犬笛だ。
向こうの世界では150年くらい前に作られた犬笛は、まだこちらの世界にはない。
それはシェーンブルグ伯爵家の転生者の開発部が作ったものだった。
それで遠くの方から犬の吠え声がする。
これでヨハンには異常事態が伝わったという事か……。
さて、これからどう動くか……。
俺もアメリアもニーナも真剣な顔で互いを見合う。
まあ、皇太子が俺を人質にと言う事は無いだろうが、周りが分からない。
即座に再度最深度の索敵を行う。
すでにレベルが上がったせいか、皆の心持とかまでわかるようになっている。
だが、誰も静かであった。
驚くほど静かだった。
誰もが皇太子に準じるつもりなのが分かった。
それが、自分に感情を湧き立たせる。
お前はそれで良いのかと。
そして、夕方が近くなって執事が皇太子殿下がお話があるそうですとだけ伝えに来た。
きちんとした燕尾服を着て、きちんとした対応だった。
だが、目に涙の跡があった。
「すぐに参ります」
そう俺は伝えるのがやっとだった。
そうして、俺達は皇太子の待つ部屋に向かった。
皇太子は静かに待っていた。
「殿下……」
俺が言葉をかけた。
それ以上はとても言えない。
誰もが分かっている事だった。
「まず、ありがとう。こんな私のとこに婚約者として来てくれて。それに心からの感謝を……」
そう微笑んだ。
もう、心は定まっているようだ。
「……そして、大変に申し訳ないが、婚約を解消したい。何故かはわかると思う。幸い、君が来たばかりで、婚約の届け出は皇家にはまだ出していない。だから、婚約は成立しなかったという事で構わない」
そう皇太子が静かに深い感謝を込めて俺に一礼をした。
「貴方は……それでよろしいのですか? 」
「ああ」
静かに頷いた。
その顔を見て、姉の言葉を思い出した。
それは律の顔にすごく似ていた。
全てを飲み込んで、自分が被って黙っている顔だ……。
「私は……」
「良いのだ。ツェーリンゲン公爵はよりにもよって母が不義を働いたと、そして私を不義の子だと言い張っているそうだ」
やはり知っていたのだ。
そして、これが皇太子を縛る呪文であることも。
「だからこそ、私は皇太子に恥じない戦いをしなければならない」
その言葉を聞いて完全に皇太子は死ぬ気なのが分かった。
俺がアレクシスさんを見た。
だが、アレクシスさんも優しく微笑んでいた。
恐らく、徹底的に話し合った結果、皆が皇太子の貴族は貴族として、騎士は騎士としての戦いを決めたのだ。
皇太子として誇りを持って散る戦いに皆が参加すると決めたのだ。
城全体から殉じるような気配が漂っている。
「もうすぐ、私を不義の子としてツェーリンゲン公爵の追討の軍が来る。貴方には今のうちにこの城を出て欲しい。本当にすまない。そして、ありがとう」
そう、俺を軽く抱きしめると執事を呼んだ。
その柔らかな抱き締め方に全ての感情が乗っていた。
「貴方に会えて良かった」
そう最後に皇太子殿下は囁いた。
そうして、皇太子は踵を返して去っていった。
死ぬ為の戦いに行くのだ。
執事が俺に城の外に用意した馬車に乗る様に話す。
その顔にも決意を感じた。
皆が皇太子殿下に殉じるつもりだった。
かって律は俺に何の恨み言も言わずに全部飲み込んで、俺から去った。
彼もまた、俺を巻き込まないように動いている。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
俺はそんなままで執事とアレクシスさんの護衛で馬車に乗った。
「……宜しいのですか? 」
アメリアが俺に問いかけた。
「俺にどうしろと! 」
俺は馬車の壁を激しく右腕で叩いた。
心が狂ったように悲鳴を上げていた。
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