第2部 第3章 対面
そうして、皇太子がいる場所に案内された。
皇太子殿下の顔を見た時に、姉が俺に言いたかった事が初めて分かった。
あの顔は冷血と言うよりは……心が死んでいるのだ……。
あの顔は律と別れる最期に見た時の顔に似ていた。
そして、俺が死ぬ前に良く鏡で見た自分の顔でもある。
どうしょうも無い人生に抗う事を辞めてしまった目だ。
即座に分かった。
「何だ。来てしまったのか……」
表情を変えないままに俺を見て皇太子は呟いた。
ザンクト皇国の皇太子であるフイードリッヒ・ヴィルヘルム・アレクサンダーである。
母方に由来する名前は全く入っていない。
恐らく、母親の第一皇妃が憎まれぬように入れなかったのだろう。
母親が少しでも息子が貴族達に憎まれる要素を減らしたかったのかもしれない。
それは父の松崎の姓を俺が自分で名乗りたくなかった心理に似ている。
逆にそれをしたばかりに、余計にグンツ伯爵家はと叩かれているとは聞いた。
「もうじき、母が亡くなる。そうなれば私は終わりなのに……」
そう諦めきった顔で呟いた。
全部知っているのか?
自分の運命も未来も。
その絶望感から来る無表情が他人に感情が無い冷血と評されていたのか。
その事実が自分の前世と重なって吐き気がする。
「殿下。婚約者のマグダレーネ嬢ですぞ」
アレクシスが必死に皇太子に声をかけた。
「ふふふふ。いやいや。私は皇太子なぞになりたくなかったよ。身分相応で良かったのに……」
「殿下っ! 」
「ああ、マグダレーネ嬢には失礼な話かな。すまない母がもう持たないかもしれないのだ。それで愚痴が多くなってしまってね」
そう皇太子は力なく笑った。
「あ、あの……」
「申し訳ない。私は母の部屋に行く」
「では、母君にマグダレーネ嬢もお連れして……」
「いや、もう意識も無いらしい」
壊れたような顔で皇太子が答えた。
凍り付いたような顔だ。
律の父親が自殺したときに、俺も同じような顔をしていたのかもしれない。
祖父のグンツ伯爵は悪評を嫌って距離を置いていると噂でも聞いた。
だから、弟のロホス・ジークハルト・グンツが暗躍しているのだ。
一体誰がこの馬鹿な婚姻を始めようとしたのだろうか。
呆れてものも言えない。
「私も参ります」
昔の自分を見ているような皇太子の姿にたまらず声を出してしまった。
「いや……君は……そうか、来てくれるか……」
皇太子は力なく答えた。
それで俺も急遽医者が見守る皇太子の母の部屋に向かう。
本来なら帝都の帝城にいるはずが、第二皇妃が母親の第一皇妃を毒殺とか酷い噂が流れて息子として帝城に置いておけず、皇太子のいる城に身を寄せているとは聞いていた。
もはや長くはないとは聞いていたが、ここまで悪化しているとは思わなかった。
そして、皇太子とアレクシスについて皇太子の母の元へ向かった。
さっきまで無表情だった皇太子は今までと打って変わって必死さが見えた。
やはり、帝都でも互いに寄り添うように支え合っていたのだろう。
母の事だけは大事なようだ。
俺が親友の律だけが大事だったように。
皇太子の母は寝たきりで意識が飛んでいるようだった。
「第一皇妃様。皇太子さまがいらっしゃいましたよ」
そう第一皇妃付きのメイドが話すと第一皇妃は目を見開くようにこちらを見た。
「おおお、フィードリッヒ……」
息も絶え絶えの中で、第一皇妃が皇太子に声をかけた。
「第一皇妃様……いや、母さん……」
手を伸ばしてきた第一皇妃の手を祈る様に両手で掴んで皇太子が跪いた。
「こんな事になるとは……ごめんなさい……」
消え入るような声で第一皇妃が呟く。
やはり、何か嵌められていたのか?
それに気が付いて、城を増強していろいろとした結果、さらに恨みを買ってという事だろうか。
俺が呆然として第一皇妃と皇太子ではない、互いにいたわり合う母子の姿を見ていた。
「……そちらの……」
そう第一皇妃が俺を見た。
俺が静かに貴族階級の子女がする挨拶を行った。
スカートのすそを軽く広げて跪く。
「シェーンブルグ伯爵家のマグダレーネ嬢です」
そう皇太子が紹介した。
「おおぉぉおぉぉぉぉ。シェーンブルグ伯爵家の神の子。誰もが我らを見捨てた中で、あの家だけが約束を守ってくれた……」
第一皇妃が苦しい中で初めてうれし涙を流して呟いた。
え?
神の子?
なにそれと思ったけど、それ以上に昔の自分を思い出して、混乱していた。
「母さん……」
「良かった。良かった。たった一つだけ夢がかなった……」
第一皇妃が喜びのあまり病床で寝たきりのまま泣き続けていた。
その雰囲気に自分が圧倒された。
「あの……お身体に……」
そう第一皇妃のおつきのものが第一皇妃を気遣って、これ以上興奮させてはと言う感じで話す。
「ああ、そうだな」
そう皇太子がアレクシスに目配せした。
「本日、いらっしゃったばかりですので、第一皇妃のご挨拶はこの辺りで……」
アレクシスがそう俺に話す。
俺としてはもう少しここに居ても良いのだが、逆に第一皇妃を興奮させるのが宜しくないようなので、一礼して下がった。
「……さっきは申し訳なかった。……来てくれてありがとう……」
そう表情が戻ったような顔で俺に皇太子が深く深く頭を下げた。
俺はまだ混乱していた。
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