第2部 第1章 姉の言葉

 俺が全てに呆然としたまま、婚約の話はどんどん進んでいった。


 男の娘ってそんな馬鹿な。


 って呆然としている間に、皇太子殿下と婚約の話が進む。


 本当に侯爵家ともその上の公爵家とも話がついているらしく、いろいろと情勢にくわしいヨハンに聞いても別に反対意見とか出て無いらしい。


 というか、そうなると姉の話の最初から第一皇妃もグンツ伯爵もフイードリッヒ・ヴィルヘルム・アレクサンダー皇太子も見捨てられていると言うのは本当なのかもしれない。


 俺の男の娘としての婚姻と言うのも辱めに近いのでは……。


 ただ、そうだとすると嫌だな……俺はずっと知ってる連中には男の娘だったって陰で言われるんだ。


 ん?


 まさかと思うが、それ自体がシェーンブルグ伯爵家がツェーリンゲン公爵家に臣従する証だったり。


 弱みを握られるようなものだしな……。


 考えすぎかもしれないが、皇太子の城に向かう馬車に揺られながら考える。


 姉は黒騎士として外で馬車の警護をしているので、聞きようがないが……。


 聞いておけばよかった。


「こんな勿体無いことして。俺はボンならこの世界を支配できるような怪物になれると思ってたのに」


 ヨハンが凄い悔しそうに呟いてる。


 結局、俺が転生者なのはヨハンもゲオルクも知っていた。


 極秘だから知らないふりするしか無かったとか。


 警備で本来は外にいるはずだが、話がしたいのでって無理矢理に送迎の馬車に入り込んだのだ。


 実際、こんなのは、つまみ出されるのが普通だが、何しろ恐ろしい男と言う噂は家中に鳴り響いているから、誰も止める者はいない。


 逆に、唯一止めれそうな姉がそれをさせているのだから、姉は何か理由があって黙認しているのだろうが……。


「まあ、俺を高く評価してくれるのは嬉しいけど、この世界を支配できるはちょっとね」


「そうか? 俺は転生者の塔を管理もしているから、はっきり言うがボンは転生者の中で抜きんでている。特に戦争に関しては……」


「いや、向こうの世界で軍人では無いんだけど」


「戦争なんて、巻き込まれでもしたら誰でも手を染めるものだ。そして、そうなった時に胆力とそれを実行する力と知恵がいる。ボンはそれを持っている。あの姉君もそれを保証している。姉君と言う最強の武力をボンは産まれながらにして持っているのだ。そして、俺みたいな騎士として騎士あるべきと言う考え方をしないものがそばにいる。率いる兵はやろうと思えば、3000から5000は俺だけで用意できる」


 おっと凄い話を聞いたぞ。


 うちのシェーンブルグ伯爵家より動員数が多いじゃん。


 しかも、荒事が出来る兵がこれだけいるって凄いぞ。


 多分、兵と言うよりはチンピラなのだろうが。


 まあ、でも、実は江戸時代の末期に慶喜が京都に行った時に、侍がサラリーマン化して使えずに、護衛とかを全て受け持ったのは

新門辰五郎と配下だ。


 荒事と実戦が出来るってのはそれだけ大きいのだ。


 まさに、そう考えるとちょうど、今がそういう時代なのかもしれない。


 長い間に騎士は騎士たるべきと大きな戦争もなく、サラリーマン化している時代だと言うのも間違いない。


 ゲオルクのように、このままでは実戦に通用しないという事で、わざわざ騎士階級の上の方なのに、傭兵を経験してくるとかは本当に滅多にいない人材なのだ。


 まあ、だからこそ、シェーンブルグ伯爵家の騎士頭をやっているわけだが……。


「ボン。もしも戦う気になったら連絡をくれ。それに対しての準備は常にしておく。ボンが戦う気になったら、俺達は命を捨ててあんたの為に戦う」


 ヨハンがしきりとヤバい話を続ける。


 どうしょうかな。


 俺は平穏に生きたいのだが。


「あんたが身を守るために剣を習ったり、工夫して兵器を作り出したのは知っている。あんたは獅子だ。獅子は必ず戦う時を見定めて動くはず。その時は絶対に躊躇するな! 」


 ヨハンが熱すぎて困る。


 いや、本当に自分の身を守り、この二度目の生を幸せに暮らしたい。


 ただ、それだけなんですけど。


 そうしたら、馬車が止まったらしくて、姉が黒騎士の格好で入ってきた。


「おおお、時間ですかい? 」


「ええ、ここで最後の休息をとって皇太子のお城に入ります」


 それで俺が震える。


「いや、本当に男の娘でバレないの? 」


「ええ、貴方の横にいるヨハンの妹のニーナ・カスパーと普段から世話をしているアメリア・バーターがあなたのおつきの女中になり守りますからね」


 そう言うと、俺の横に居る二人のメイドが頭を下げる。


 全く言われるまで2人の気配を感じないのが怖い。


 アメリア・バーターはいつも女装の手伝いをしてくれる、俺付きのメイドだ。


 だけど、たまに気配を消すので怖い。


 俺は当然馬車の中ではドレスを着て、マグダレーネとしている。


 実際、鏡を見ると本当に自分が美少女で困る。


 どんなんだよ。


「ニーナは俺の妹だ。一応、ボンの世界にいる戦闘メイドとして訓練してきた。だから何かあっても安心してくれ」


「戦闘メイド……」

 

 俺が呟くとニーナが頭を下げた。


 ニーナは可愛らしい容姿でアメリアは年上のお姉さんみたいな容姿でどちらも美少女だ。


 しかし、絶対に転生者の研究ってオタクとかの調査が入って歪んでるよな。


 俺の男の娘もそうだが……。


「いろいろと思ってたことは話した? 」


「ええ」


 姉がヨハンに微笑んで聞いた。


 ヨハンは満足したように頷いた。


 やはり、姉がそうさせたのか。


 ちょっと、気がひきしまる。


「では、ここでしか話が出来ないので、貴方に言います。貴方は思ったように動きなさい。私はたとえ父だろうと皇帝だろうと、貴方に全力で味方をします」


 囁くように呟く姉の言葉が怖い。


 謀反を勧めているのか?


 真意がわからん。


「貴方は心が優しい。前世の話は何度も聞きました。前世の父の外道さが許せないのも……。でもはっきり言います。外道だけが歴史の中で生き残っているのです。外道は貴方が守ろうとしているものを守るために使うのなら外道とは言いません。それは正しい事なのです。貴方が何か守ろうとしたら外道な事をするのはとか躊躇しなくて良いのです。大切なものを守るために一歩踏み出しなさい。私は貴方を必ず守ります」


 そう姉が囁いた。


 驚いて、姉の目を見ると俺をじっと見返してきた。


 どうやら、本気で言っているようだ。


 どういうことなのだ? 


 何かあるのか?


「律君の時のように後悔しないようにね」


 そう姉が微笑んだ。


 それは初めて俺が恐怖を感じない、姉の心からの微笑みだった。


 


 



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