第1部 第5章 嘘だろ?

 黒騎士は思ったより身長が低かった。


「おやおや、転生者部隊が出て来るかと思ったら、本当だとは思ってなかったが、本当に転生勇者がいたんだ。噂だとシェーンブルグ伯爵家で実験的に召喚してるって話だが? 」


 エードアルト・ヘルムフリート・アルンハルトが苦笑した。


「は? 」


 これまた初耳である。


 俺はさっきから衝撃が止まらない。


 嫡男なのに何も知らない。


 あり得ないだろ。


 そして、俺の気配察知能力は信じられない事実を伝えていた。


 黒騎士が知ってる人物なのだ。


「何だ、噂の通りだな。無言か? 俺とは話してくれないのか? 」


 エードアルトがじりと近づく。


 そしたら、黒騎士は抜く手を見せず剣を抜いて一撃を浴びせた。


 古武術を俺はやっていたから、さらに驚いた。


 それは間違いなく抜刀術だった。


 まさか、刀で無く重い剣でやる奴がいるとか。


 嘘だろ?


 そして、それは少なからず、エードアルトも驚かせたらしい。


 剣をそれに合わせて受けてエードアルトが揺らぐ。


 それだけ必殺の一撃だという事だ。


「剣で抜刀術だと? 」  

 

 エードアルトが驚いた。


 転生勇者と言うなら、彼もそれがどういう技が知っているらしい。


 そして、それからが異常な動きだった。


 剣をまるで小刀のように振るって、相手に剣撃を与えていく。


 信じられない技量と膂力だ。

 

 身長はエードアルトより遥かに小柄なのに、あのエードアルトを圧倒していた。


 転生勇者と戦えるのは確かに転生勇者しかいない。


 信じられない。


 そもそも、俺の気配察知能力は信じられない回答を出していた。


 一体、何やってんだ?


 俺が転生者なら、あんたも転生者じゃん。


 しかも、そっちは転生勇者。


 マジかよ。


 道理で異様な威圧を感じるはずだ。


「嘘だろ? こんなに強いのか?  」


 俺と同じ感想をエードアルトが呟く。


 エードアルトはそうは言っても全ての剣撃を革鎧の部分は剣を受けるのを避けていた。


 そして、彼のやり方なのだろう、胸の金属の鎧の場所とかはそのまま剣を受けていたが、剣の一撃で金属の部分が凹む。


 これだと、相手が金属の鎧を着ていたとしても、鎧ごと破壊できるレベルだ。


 信じがたい攻撃力だ。


 こんなものを転生させる技術を持つなら、まさにシェーンブルグ伯爵家は無敵だ。


「参ったな。強すぎる。仕方ないな」


 凹んだ胸の金属の鎧を脱ぎ捨ててエードアルトが笑った。


 エードアルトが異様な迫力がしだす。


「危険ですっ! エクストラスキルが来ますよ! 」


 静かだったゲオルクが叫んだ。


 エクストラスキルだと? 


 エードアルトの髪と目が異様な光を出す。


 そして、信じがたい袈裟斬りが来た。


 それを黒騎士は滑らして受け流すように剣で受けた。


 これまた、信じられない技量だ。


 だが、エクストラスキルだけはある。


 黒騎士の剣は折れてしまった。


「よし、これでおあいこって事で」


 そう仮面のエードアルトはにっと笑って、ささっと引き下がって行く。


「え? 押してるのに? 」


 思わず、俺が呟いた。


「いやいや、俺にもエクストラスキルは他にもあるけど、彼もまだ持ってるようだし。そもそも興味があって参加しただけだから」


 そう悪びれずにエードアルトが笑った。


 確かに彼にとっては遊びなのだろう。


 正直、あれでも本気だとは思えない雰囲気だった。


 勿論、黒騎士の方もだ。


 じりじりと後退ると、エードアルトは信じがたいスピードでエクストラスキルのまま逃げ出した。


 身体増強的なエクストラスキルだったようだ。

 

 これだと、逃げる為にエクストラスキルを発動させたのかもしんない。


 早すぎて、誰も追っかけれそうにない。


 黒騎士はそのまま、それを見送った。


 家中の者しか、あたりにいなくなってから、黒騎士に囁いた。


「姉さん……何やってんの? 」


 黒騎士は少しびっくりしたようだが、兜の面当てを外した。


 やはり、そこには姉がいた。


「なるほど、ヨハンが話してた通り、面白い能力を持ってるのね」


 そう姉が笑った。


「いやいや、どういうことなの? 聞いてないんだけど」


 俺が信じられない顔のまま聞く。


「私はシェーンブルグ伯爵家の研究の成果の転生勇者なの。だから、貴方が転生者なのも慧眼で無くて最初から知っていたの」


 姉がにこっと笑った。


 優しく微笑んでいるつもりかもしれないけど、ぞっとしかしない。


「いやいや、なんで? じゃあ、俺って……いや俺達って父さんの実子じゃないの? 」


 俺がそう聞いた。


 実験体扱いなら、それもあり得る。


「ううん。実子よ」


「マジか」


 それはそれでショックだ。


 実子を実験に使うとは?


「お父様はね。ずっと転生者の技術や文化を研究していたのは知っているわね」


「……ええ」


「それでどうしても自分が知りたいものがあって、それで実験したの」


「転生勇者を? 」


「いいえ? 男の娘よ」


「は? 」


「残念だけど失敗したの。でもお父様は負けなかったわ。私は転生勇者になってしまったから無理だけど、貴方に期待をかけたの」


「は? 」


「その為に私達家族は必死に貴方を少女として育てたわ」


「は? 」


「つまり、男の娘は完成したの」


「は? 」


「だから、実は貴方の皇国に届けられた本名は違うの……マクシミリアンでは無いわ。貴方の本当の国に届けられた名前はマグダレーネ……つまり女性として届けられているの」


「え? 」


 俺は固まったままだった。


「いやいや、その話は中止するって言っていたじゃないですか」


 ゲオルクが食い下がる。


「それは嘘。だって貴方がしつこいんだもの」


「えええええ? 」


 姉の悪びれないいたずらっぽい微笑みでゲオルクも絶句した。


「いや、俺は男だから、男の娘って。ええ? 」


「そう、完成したのよ。貴方は男の娘として」


「いやいや、だって」


 俺が今の男の格好でジタバタ騒いだ。


「もう決まりだから」


 姉が威圧してきて有無を言わさない。


「そして、おめでとう! 貴方に縁談が決まったわ」


「は? 」


「貴方はフイードリッヒ・ヴィルヘルム・アレクサンダー皇太子に嫁ぐことになったわ」


「いやいや、それはおかしいでしょ」


「お父様は男の娘として嫁ぐところが見て見たいの」


「いや、俺は男だし」


「これはグンツ伯爵家の弟も皇帝も了承済よ。いや、皇帝陛下も乗り気だったわ。男の娘計画はザンクト皇国の実力者達有志によって練られたの」


「そんな……馬鹿な……」


 俺は絶句したまま動けなくなった。


 姉が何かしゃべってるけど、そこからは良く分からなかった。


 後で考えると結婚おめでとうを連呼してたような気がする。


 もう、頭の理解を超えていた。


 そうして、長い事、俺の意識は飛んでいた。


 理解を超える展開になると人間はどうなるかを始めて知った日だった。


 

 




 





 


 

 

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