第1部 第4章 聞いてない

 敵がこちらに近づいて来る。


 間違いなく手練れだと思う。


 うちも手練れだと思うが、勝つと言いたいところだが、非常に敵に強いのがいるのが分かる。


 何だ、これ?


「物凄い強いのが一人いるんだけど」


「戦ってないのに分かるのか? 」


「凄いな、ボンは……。となると間違いなくアルンハルト公爵家の噂の転生勇者だな」


「は? 」


 俺が凄い顔でヨハンを見た。


「ああ、ボンは知らないんだな。表向きは言われて無いから。アルンハルト公爵家の次男が転生者なんだ。異常に強いって言われてる」


「いやいや、それは駄目でしょう。転生者はシェーンブルグ伯爵家が管理するようなになっているし、そもそもそれは……」


「皇家と密接な三公爵家の一つであるアルンハルト公爵家で、その家族をうちが捕縛できるわけないし」


「いや、だって、叔父だって……」


「それは、シェーンブルグ伯爵家のものだから。マクシミリアン様にも身分の違いは分かるでしょ。転生者がいたけど暗黙の了解で見逃されてるんだ」


「いやいや、勇者って……無茶苦茶強いのでは? 」


「強いぞ、ボン。はっきり言って、俺達じゃ勝てないな。仕方あるまい。伯爵に話してこよう」


「いや、父に話したって……」


 って俺が絶句したのに、ヨハンは無視して行ってしまった。


「まあ、うちにもいろいろあるんだ」


 ゲオルクがそう苦笑した。


 いやいや、嫡男が知らないってどうなん?


 俺が動揺している間に戦いが始まった。


 俺が真剣にそれを感じようとする。


 凄い戦いだけど、一人の化け物が全部倒していくようだ。


「マクシミリアン様、どうなんだ? 」


「皆、一人にやられちゃってる」


「そうか、ヨハンのとこの荒事が得意な奴をそこまであっさりやるとはな。間違いないエードアルト・ヘルムフリート・アルンハルトだ。三公爵のアルンハルト公爵家の隠し玉を出してくるとは……。あまりアルンハルト公爵家は筆頭のツェーリンゲン公爵とそりが合わなくて三公爵のうちでこの戦いに乗り気ではないって聞いてたのにな」


「そんなに有名なの? 」


「ああ、はぐれドラゴン殺しって言われてる。はぐれドラゴンを一人で倒したと」


「ええ? ドラゴンっているの? 」


「……マクシミリアン様はあれだな。武術の造詣とかいろいろと深いけど、まずはモンスターとか言うのも覚えないと駄目なのでは? 」


 いや駄目だしされても……。


「ドンドン一人で突出してくるよ」


「仕方無いな」


 ゲオルクが剣を抜いた。


 そして、ゲオルクの配下の騎士達もだ。


「待って待って、勝てないよ。全然無理だと思う」

 

 ゲオルクは手練れだし、師匠だけど、こればかりは無理だと思った。


 何しろ、相手が強すぎるのだ。


「いや、しかし、これが我々の仕事ですから」


「ボウガンを使おう。ボウガンで近寄れないようにしたらいい」


「いや、それは出来ません」


「何で? 」


「騎士たるもの、ボウガンで戦うのは出来ません。あれは雑兵の兵器です」


「ええ? また、それ? 」


 恐ろしいことにこの世界の騎士はこういう考え方なのだ。


 元の世界でも、騎士たるものって時代はあるにはあった。


 でも、ここは特にひどい。


「夜盗みたいに襲ってきてるのに、騎士もへちまも無いと思うんだけど」


「ヨハンみたいな事を言いますね。それは騎士としては駄目ですよ」


「ええ? 」


 思わずドン引く。


 まあ、知ってたけど。


 何しろ、戦いも正面攻撃だ。


 まるで中世ヨーロッパの並列で銃を歩きながら撃ち続ける戦いを思い出す。


 戦列歩兵と言う奴だ。


 昔は立ってないと銃の掃除と再装弾が出来なかった上に、少数で隠れて撃つと面で制圧されてしまうので、あんな馬鹿な戦いになった理由がある。


 この世界はそうでは無いのに、騎士の誉とか言う奴のせいで、一列に並んで戦うのだ。


 まあ、そんな訳で戦争でないなら、そういうの無視しちゃうヨハンの兵の方が強いのでヨハンとその仲間を雇っている理由だろうなとは思う。


 実際、ヨハンの方が考え方が柔軟で、それですぐさま俺の父親であるシェーンブルグ伯爵に対応を頼みに行ったのだ。

 

 ゲオルクなら騎士としてとか言っていかなかったろう。


 そうやって、俺達がバタバタしているうちに、たった一人でエードアルト・ヘルムフリート・アルンハルトが俺達のいる場所までやってきた。


 鎧を着ているが、急所の胸当てとかだけ金属製の革鎧で動きやすさ重視っぽい格好だ。

 

 対して、ゲオルクは完全装備の鋼鉄製の甲冑で重騎士だ。


 馬に乗っての一騎打ちならともかく、これを歩兵でやり合うというのはただでさえ、向こうの方が身軽そうなのに……。


「ものものしいな」


 そうエードアルト・ヘルムフリート・アルンハルトが笑った

 

 何故か顔に仮面をかぶっていた。


 まるでどこかのアニメのキャラクターみたいだ。


 正体を隠しているつもりかもしれないが、これだけ強いと隠しようがないと思うが……。


「エードアルト殿か? 」


 ゲオルクが誰何するが答えない。


 それはそうだろ。


 答えたら、何のために仮面しているのかわからない。


「俺は今回は興味からの参戦だから……」


 などと意味不明な事を口走る。


 なんだ、それ?


 どんな言い訳なんだ?


「ほう、興味ですか」


「一度、噂の転生者部隊と戦ってみたくてな」


「は? 」


 その仮面の男のエードアルト・ヘルムフリート・アルンハルトの言葉で驚く。


 何、転生者部隊って?


 嫡男なのに初耳だ。


「それはあくまで噂ですから」


 そう、ゲオルクが言いながら兜を被る。


 どんな答えなんだかと俺がさらにドン引いた。


 全然答えになってない。


 そもそも、興味で参戦してってのも変な話だ。


 実際、それのせいでこちらは大苦戦している。


 正直、この人がいなくなった他の100名はヨハンとゲオルクの部下と互角で戦っていて、数の面からこちらが有利に変わった。

 

 こんなチートな存在がいるのか。


 それなら、俺のチートってしょうもなくないか?


「ほう、そちらの少年みたいな恰好をしているのが噂の双子のシャルロッテ嬢か? 

それともマグダレーネ嬢か? 」


 そう言われて俺が固まる。


 は?


 我が家で言われているマグダレーネって名前がなぜ知られている?


 え?


 どういう事?


 俺は男だし、嫡男のはずなのだが……。

 

 思わぬ名前を言われて固まって何も考えられなくなった。


 いやいや、その名前はおかしいだろと……。


 そう、呆然としている間に戦いは終わってしまった。


 俺の剣術の師はあっさりと切り伏せられた。


 関節部を見事に斬られた。


 それでも師匠なだけあって、後で関節部が使えなくなるような斬り方は避けているのは見事だが、こうもあっさりと終わるとは。


 しかも、ゲオルクの部下達も続けて斬られて、あっさりと終わった。


 こちらも関節部をそんなに深くない程度に斬っているようだ。


 騎士達の腕もあって、上手い事致命的なのは避けているようだが、それだけでなく相手がこちらに手加減しているようなので、遺恨を残さないようにしているのなら、本当に興味だけで参戦しているのか?


 正直、訳が分からなかった。


 そして、それ以上に訳が分からなかったのは、真っ黒で頑丈な鋼鉄の甲冑の人物が俺の前に飛び降りてきた。


 鋼鉄の甲冑を兜まで完全に着用して、城の三階あたりから飛び降りて来るとかあり得ない。


 それ以上にあり得なかったのは、その黒騎士の気配が俺が知ってる人の気配だったからだ。


 何これ。


 俺は固まって動けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る